[コメント] その夜の妻(1930/日)
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タイトルバックの皿に乗った魚の骨というイメージからして秀逸。子供の頭からずり落ちる氷嚢、刑事の手から床に落ちる手錠のショット。一幕物を彩ってどれも抜群に決まっている。
八雲恵美子が二晩徹夜の転寝から覚める。二挺拳銃が手にない。それは刑事の山本冬郷の手にある。八雲はエプロンを握りしめる。このときキャメラはふたりの顔を映さずただ手元を捉える。拳銃を持つ手と持たない手の鮮やかな対照。これはもう、ブレッソンの先駆である。
本作は気まぐれなスリラーの摘み喰いでは全然ない。オヅはその後『非常線の女』しかこのジャンルを撮っていないが、サスペンスを別のジャンルに導入するという冒険を続けた。『晩春』のラストの砂浜、『東京物語』の東山千栄子の死に続いて反復される冒頭の郊外の風景、『東京暮色』の大眼玉が描かれた奇妙な看板、さらには『秋刀魚の味』のバーの看板の羅列に至るまで、このエンプティショットの不吉な無機質は継続された。
後期作で不吉さが目立たないのは明らかに斎藤一郎のホノボノ音楽による異化によるもので、エンプティショットは別次元に変奏されたのだった。ただし、本作の私的ベストショットは八雲の二挺拳銃のバストショット。これは譲れない。
盗まねば子供の治療代も出せない一家の一部始終を見ていた山本が最後に示す同情は、もちろん前年の昭和恐慌が踏まえられている。当時は健康保険なんてものもない。戦前の貧乏話はマジでシリアスだ。
ただ、先の拳銃と一緒に、山本は岡田時彦から八雲に渡された札束を回収しているのだから、結局、強盗の動機であった娘の治療代はどうしたのかよく判らなくなっている。斎藤達雄の医者には経費踏み倒すことになるのだろうか。ここは作劇上の瑕疵であると思う。
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