[コメント] パッション(2004/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
1.この映画の存在意義・前提・大ヒットの理由
最大の原因はプロテスタントのキリスト教右派とカトリック保守派が、この映画を絶賛推奨したからである。単純に13億の信者が全員観賞するとは思えないが、動員数は半端なものではないだろうことは想像に難くない。
2.イエスは象徴か実在か
キリスト教における大前提。
穏健派キリスト教徒はイエスを「信仰的な象徴=聖書の中にしかいないイエス」としてしかみていないのに対し、上記右派勢力は「実在としてのイエス=歴史上に存在したイエス」とみなしている。
保革の対立はこの一点に集約される。
3.メル・ギブソン
メル・ギブソンはこの映画の中で、徹底してリアルを追求している。
例えば、ユダヤ人には史実どおりアラム語、ローマ人にはラテン語で会話させている。
残酷なまでの暴力シーンも同様に「リアル」を追求しているが、これはあくまで「受難」に耐え抜く「イエスの肉体の実在性」を強調する手段に過ぎない。
上記右派勢力は歴史的にも「聖書のイエス」を「実在したイエス」に転換を図ってきているが、この映画の主要テーマもまさにそこにある。
この映画は、一方の信仰者においては至極当然な聖書に記載通りの史実であり、他方によればそうではない逸話に過ぎない。
なお、当然ながらメル・ギブソンは、上記右派勢力の信仰者である。
4.追記・宗教的・歴史的・政治的な面から
映画に登場する大司教カヤパ、ローマ総督ピラトらは歴史的遺跡からその実在が証明されている。
一方でイエスはと言うと、関連遺跡からもその実在を明確にするものは発見されていない。言い換えれば、聖書にしか登場していない。この事が信仰的な保革対立を生んでいる。
例えば、かの有名な聖骸布も炭素鑑定の結果、1300年代の布だと言われている。(この辺りの見解は当然の事ながら宗派によって異なる)
また、イエス殺害を原因として歴史的に迫害を受けてきたユダヤ教徒にとっては、この映画はまさに苦難の描写であり、それに対して不快感を顕にしているらしい。
政治的にみると、米国は共和党と民主党の激しい保革対立があるが、その中核はまさにキリスト教保革対立が原因である。
つまり、当事者たちにとっては内容的にどうこうもさりとて、この映画の存在自体が問題。
観る人が観れば「痛そう・可哀想」が「ドキュメンタリー・ノンフィクション」に転換されていく、そんな可能性を大いに秘めているということ。
この映画を観て「キリスト教」をもっと知りたいと思ったなら、ある意味、メル・ギブソンが意図していない方向でこの映画の存在理由が別にあったって言えるんじゃないかな(神父さんと牧師さんの違いくらいは一般常識として知っておこうね)。
遠藤周作の著書「イエスの生涯(上)(下)」や阿刀田高著「新約聖書を知っていますか」等が入門書としては無難で平易で最適かと。
ちなみに僕はミッション系(メソジスト派)大学卒だが信仰は、ない。
宗教を学問と捉えて敢えていろんな宗派の「差異」を知りたいと思った。
だから、このレヴューも極力私見を避けて中立に評したつもりだけれど、一部の人には不快感を与えるかもしれない。
もしそうならごめんなさい。
蛇足だが、現在推定信者数、カトリック、10.8億人。プロテスタント、3.5億人。東方正教会、2.2億人。
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