[コメント] 華氏911(2004/米)
10秒以上のショットがいったい幾つあっただろうか。前後の脈略から切り離され、再構築された映像の断片群。新たに付加された解釈や主張がたとえ正しかったとしても、とても怖くてこんな非理性的な感情の寄せ集めに手放しで賛同することは、私にはできない。
唯一、戦場での人殺しの昂揚感を得意げに語りつつ、重傷を負い手足とともに希望もなくしてしまったかのように茫然と恨み言をつぶやく若き兵士たちだけが、信用に足る人間らしい感情をもった映像として私には見えた。
マイケル・ムーアという男は、アジテーターとしては一流かもしれないが、クリエーターとしては三流。プロパガンダ映画、大いに結構だが、人の信頼や共感を得るためには映像に誠実さが必要だということを彼は分かっていない。
この映画(のようなもの)から作者の性急さと苛立ちこそ感じるが、社会のシステムや人間の本質を見つめる視点と戦略がまったく伝わってこない。ムーアの頭の中に存在するのは現状否定だけであって、その先のあるべき世界観や人々の生活像といったビジョンがまったく欠落している。
プロパガンダ映画が力を持ちうるのは、明確な政策や思想、あるいは思いを実現するための戦略の中で、ある方向へと人々を導くための洗脳や先導の武器として映画が体系的に位置付けられているときだけである。
通常の映画にもましてプロパガンダ映画には、大局的なビジョンを描き提示するだけのクリエイティブ力が要求されるのだ。ただヒステリックに騒ぎ立てるだけの映画などで絶対に人は動かない。口先だけの平和主義者を量産し、せいぜいそのガス抜きに利用されるだけだ。
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