[コメント] ゴジラ FINAL WARS(2004/日)
怪獣は「でかい」って設定なんだから、実物がいようがいまいが、そのように撮ってくれないとその他のウソが成立しない。もちろんそういうふうに撮ってはいる、そういうふうに撮れているカットもある。けど、何とかそういうふうに見せようという気持ちはない。例えば、ミニチュアのセットっていうのは、実物がいるように見せようという思いから辿り着いた工夫だったのが、本作では、ミニチュアの上で暴れていれば怪獣でしょう、くらいの感じしかしない。監督は確信犯的にやっているので、もうこれは好き嫌いの問題なんでしょうが、これに関しては私は嫌い。
でも、これって日本に怪獣文化があったからこそ、その程度の演出でも観客は「怪獣のバトル」だと観てくれるんじゃないだろうか?記号として。確かに本作はいろいろ新しさを感じたけど、そう考えると、そういう観客の怪獣経験にもっとも頼っている作りとも言えるかもしれない。スピルバーグの『宇宙戦争』や、『スターシップ・トゥルーパーズ』、『GODZILLA』なんか観て感じるのは、人間が見上げたカットが多いということ。これって符牒では通じない怪獣の存在を、常に人間のスケールから再認識させる必要があるからだと思う。そういった点では怪獣文化のない国の人ほど、「怪獣の存在」に対しては真摯な姿勢で向きあっていると思う。バカにしているとそのうち本気で逆襲されるかもしれない。
しかし、彼らには撮れそうもない、半世紀の経験を積んだ者だからこそ撮れる絵が、まだまだあるんじゃないだろうか? というか、観たいと思うような怪獣の絵をまだまだ半分も観ていないんじゃないか? 例えばビル街を歩く怪獣とその足元を蜘蛛の子を散らすように逃げていく豆粒のような人間ごと真上から撮ったショットとか私は観てみたい。
本作も、南極での対決シーンとか、いくつかいい感じのシーンがあった。決して現状に満足せずどんどん欲を出していけばいい。「リバース」でも「アゲイン」でも何でもOK。最後に言ってるじゃない「新しく始まったんだ」って。
(評価:
)投票
このコメントを気に入った人達 (4 人) | [*] [*] [*] [*] |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。