[コメント] 眠る男(1995/日)
眠気が訪れると思いきや否。小栗康平の特長実力が遺憾なく発揮されている絵作りは、土門拳の撮影技法やセンスを彷彿とさせた。そして、緑が残り空気が旨い中で暮らす人々の朴訥の演技、湯船の上にゆらゆらと舞い上がる光る白い湯気、人。魅力的な対象があってこその魅力が作品に宿る。
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映画を見終った人むけのレビューです。
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それをブロッケン現象と、無機質な言葉で語ってしまえば味気のないとなってしまう。御来迎、仏の御光。日本の言い方で山で手を振る男の仕草を言い表すとこうなる。あちら側にいってしまわれた魂とのけじめ、自分の姿に手を振り自分という人間を知る行為、現世とあの世の繋がりの確認があってこそのラストの締めくくりがとても素晴らしい。訥々と語られる最後の言葉は奇跡的な演出だった。
群馬という土地柄等をふまえて練られた脚本と、キャスティングの妙がいじらしいまでに見事。それ以上の演出を施すと全部が崩れてしまう世界観の構築力は、表現技術の基礎がしっかりとしてないとできっこない。
小栗康平監督の、『死の棘』『泥の河』と比べるとスケールダウンした感触をもたれたかたもいようが、全てのシーンの根底に静かに流れる才能の一端がそこかしこに湧きだしていることに気づけば、従前よりスケールアップしていることがわかるのではないでしょうか。
その、気持ちのゆとり、血となり、小栗康平、化け物化である。
2003/7/28
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