[コメント] ブルーベルベット(1986/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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映画冒頭、タイトルクレジット場面、背景に「青い」ベルベットの生地の襞(ひだ)が妖しく蠢(うごめ)いている。通常、実際の映画館にある幕は分厚く「赤い」布地である。これは、今までの映画(=ドラマ)とは全く相反したものを造るというデヴィッド・リンチの大胆な宣戦布告である。
イザベラ・ロッセリーニ(ロベルト・ロッセリーニ=ヨーロッパ映画史の奔流の一人、イングリッド・バーグマン=ハリウッドを体現する大女優、二人の間の愛の申し子)をデニス・ホッパー(=アメリカン・ニューシネマの象徴)が陵辱(りょうじょく)する。映画史的に見て何という発想!不思議な時間感覚。
唐突に提示される意匠の数々。「切り落とされた人間の片耳」(=『アンダルシアの犬』を彷彿させる)、「擬似マザーファック」、「実態の無いレコードの歌声」、「赤と青が交差するライトに照らされる白い背中と顔」、それはドラマというよりも、静寂に満ちたオブジェに溢れる恐怖の美術館。ラスト近くに示される「黄色い」スーツの男の死体。立ったまま死んでいる。口から唐突に血が流れ出す。その瞬間、そのオブジェの素晴らしさに、俺の自制心は彼岸のかなたへ丸ごと持っていかれた。
絵葉書のように美しく整えられたアメリカの日常風景。その大通りから少し進んでみて裏通りに入ると、無知、バイオレンスといった「サイコ」な現実が存在するアメリカ社会。
夜のしじまの車中の窓に明滅する光(『タクシードライバー』1976年)、母親に抱きしめられる子供の姿(『クレイマー、クレイマー』1979年)、この時代を代表するアメリカ映画を視座に入れつつ、覗き見の悦楽(『裏窓』)、美熟女を追慕する快感(『めまい』)、刃物が放つ抗し難い光(『ダイアルMを回せ』)の残像の煌き。デヴィッド・リンチはその発想力、映画的才能の突出加減で、独自のハリウッド・ルネッサンスを形成した感がある。
不条理に満ちたこの過酷な地獄美術館巡りには、等身大の彼(カイル・マクラクラン)と彼女(ローラ・ダーン)との間で育まれる愛情といった、暖かな脳内麻薬が必要であった。現実社会を生き抜く事も同じであり、私にも、あなたにも必要不可欠な事であり、この映画のメッセージでもあるだろう。
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