[コメント] フライト・オブ・フェニックス(2004/米)
リメイク作品を前作と比較し、それをこき下ろす事が愚の骨頂だという事は分かっている。分かっているけども、前作は私が映画の魅力に気づき始めた頃に、その決定打たるきっかけを作ってくれた記念すべき作品であり、故に思い入れは尋常ではないのだ。
先ず冒頭で、墜落現場ではないシーン(試掘場)から始まり、女性キャラが登場した事で私は動揺してしまった。前作の高評価の大きなポイントであったろう「完全密室劇」と「男のみのドラマ」という前提があっさりと消滅していたからだ。
まぁここで、コレはリメイクであり、前作とは別物であるから新しい展開があったってイイんじゃないかと自分を納得させて鑑賞続行する。
しかしだ、それ以降の展開で前作の内容から大きくはずれる事もなくドラマは展開していく。それならば本作であえて「女性」を加えた必要性が理解出来ないのだ。本作には黒人やらメキシカンやらを登場させて妙な国際化が見えてくるのだが、「女性」というキーワードも単純に人種の多様化と同次元での採用だったとしか感じられない。
オリジナル作品が「男汁映画」の代名詞とまで言われているのに、あえて今回女性を登場させた意義はそんなもんだったのだろうか?
この女性キャラは今回、「女性」としての機能はまったく果たしていない。恋愛感情がある訳でもなく、肉体的な弱さがドラマに影響を与えている訳でもない。要は今回のキャラは女性でなく男性でもまったく問題はなかったのである。それなのにあえて「女性」を登場させたことで私は混乱するのだ。
お前は根底に女性蔑視の感情があるから、そんな事に拘ってるんじゃないかと言われればそうかも知れない。だけれども私なら、あえて女性を登場させるならば、雄の中に独り取り残された牝としてのドラマを発展させるべきだと思うのだ。
恐らくは全員が死ぬであろうという状況下での水と食糧の奪い合い、さらに見栄や世間体すら必要の無くなった状況下での「性欲」。極限下での動物としての本能をあからさまにさせるドラマが描けたんじゃないのか?
そもそも本作には緊迫感が足りなかった。「死」と向き合った男たちという画は感じなかった。ロックのリズムに身を躍らせる画で興醒めした観客は多いだろう。
せっかく新しい登場人物設定でのリメイクなのだ。女がいて黒人がいて・・・人間ドラマ、否、動物としての壮絶なドラマが描けたんじゃないのだろうか?実に勿体無いことをしたと思う。
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