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[コメント] バットマン ビギンズ(2005/米)

フラッシュ・バックの多用によって表現される、不安と恐怖の螺旋迷宮。これは紛れもなく、クリストファー・ノーランの映画。
煽尼采

この映画、冒頭はまるで『セブン・イヤーズ・イン・チベット』か『リトル・ブッダ』。何であんなチベットの山奥みたいな所に、忍者集団が居るのか?大体、史実としては雇われスパイ&暗殺チームみたいな存在だった筈の忍者たちが、世界を裏から操る秘密結社だというのも、説得力が無さすぎる。我らが渡辺謙も、「ニンジャ」を表す記号としての東洋人、単なるお飾りとしてしか扱われていない。話す言葉も、英語でもなければ日本語でもない、謎の東洋言語。日本人俳優のハリウッド進出を喜ぶ気持ちを嘲笑うかの如き、余りにも微妙な役どころ。脇役の中でも、かなり脇に追いやられているのが虚しい。原作にもラーズ・アル・グールって悪役は出てくるようだけど、ネットで原作読者のブログを覗いてみたところ、ニンジャ軍団を率いるという設定は、映画版で追加されたものらしい。

スターウォーズ』や『マトリックス』でも、東洋的な要素が、主人公の内面の成長を描く際に用いられていた。その意味では『バットマン・ビギンズ』も同系列だと言えなくもないけれど、他の部分が徹底してリアリズムな中、ニンジャだけ浮きまくっているのは痛すぎる。ブルースが過去のトラウマを乗り越える為に行なう修行は、ルーク・スカイウォーカーとヨーダや、ネオとモーフィアスの修行シーンと同程度にはしっかり描いてあって、特に問題は無い。それだけに、ニンジャにだけはしてくれるな、と…。

正直、この似非東洋趣味さえ無ければ、僕も劇場に観に行っていたかも知れないし、その価値があった筈の映画。ゴッサム・シティを緻密かつ壮大に描いたCGのディテールと迫力を味わう為にも、ぜひ大画面で観たかったし、映画自体も非常に出来が良い。予想外。渋い映像美、重厚な音楽。アクション・シーンは、画面が暗い上にゴチャゴチャしていて、何がどうなったのか分かり難く、減点対象だけど、バットマンが闇からサッと襲いかかる演出は、『レオン』に似て、敵にとっての恐怖の対象としての存在感が上手く表れており、総合点としてはプラスかな。時々「おいおい、これって『バットマン』だよ?」と言いたくなるくらい生真面目に作られた作品でありながら、やはり所々にユーモアが散りばめられているのが嬉しい。それでこそアメリカ映画。

役者について言うと、最初、主役のクリスチャン・ベールは『サイコ』のアンソニー・パーキンスを連想させる、青白い神経質な印象で、こんなのでいいのか?と。しかしこれが、彼の演じるブルース・ウェインの精神的な変化に伴って、顔付きが変わっていくのが見事。バットマン・マスクも似合っている。男から見ても、唇に色気があるから。お口周りがバットマン仕様になっているかどうかは、重要なポイントですからね。ヒロインのケイティ・ホームズはパグ犬顔で、典型的な美人というのとは違うけれど、映画にのめり込むにつれて、彼女も可愛らしく見えてくるのが不思議。そして、何と言っても、ウェイン家の執事アルフレッドを演じたマイケル・ケインが素晴らしい。元々執事キャラ好きな僕から見ても、満点の執事ぶり。線が細くて、どこか不安定な所のあるブルース坊ちゃまを、時に厳しく諭しながらも、決して見捨てない忠実さ。ピンチの時には駆けつけてくれるし、普段はユーモアで人をくつろがせる事も出来る。理想の執事さんですよ。絶体絶命の状況下、アルフレッドとブルースが交わす会話には、思わず目頭が熱くなる。それと、ゲイリー・オールドマンが珍しく善人で登場、しかもかなりオイシイ役どころだという点が、ゲイリー・ファンとして嬉しい所。

そして、今回の『ビギンズ』。『エクソシスト・ビギニング』と同様、シリーズの「そもそもの始まり」を描く作品になるわけだけど、『エクソシスト〜』の絵糞シストぶりとは雲泥の差。「何も、そこまで…」と思うくらいに、とても真面目に作られている。なぜ、あんな風なコウモリ人間のコスプレで闘わなければならないのか。バットマン・スーツは、どのようにして製作されているのか。バットマンの戦闘能力を補助する道具は、どのようにして手に入れたのか。ゴッサム・シティに、バットマン同様のコスプレ変態犯罪者が沸いて出るようになったのは、なぜなのか。云々。そういった、「ええやないか、マンガやねんし、いちいち突っ込まんでも」と誰もが思うようなポイントを、バカ正直なくらい丁寧に、飽く迄もリアリスティックに描写。原因があって、結果がある、という、現実主義が全篇を貫く。

大富豪の御曹司であるブルース・ウェインが、正義の味方となった理由については、バートン版で既に簡単に描かれてはいたものの、今回は、その内面をより詳細に、重厚な人間ドラマとして描いている。自らの心に巣くう恐怖を克服し、自身が悪にとっての恐怖となる事。「正義は為されよ、たとえ世界が滅びようとも」という標語の通り、堕落し腐りきった世界は滅ぼしてよく、悪人は皆殺しにするのが正義なのか。そうした問いを前にし、自分なりの正義を模索するブルース・ウェイン=バットマン。サム・ライミ監督の『スパイダーマン』のように、この作品もスーパーヒーローという題材を通して、絶大な力を持つ者が行使すべき正義とは、何か?という、倫理的な問題を考えている。こうした流れには、ポスト9.11の米国の空気感を感じずにはいられない。

************ (2011.07.02追記)

久々に再見してみたが、やはり不安通り、初見に比べるとその重厚な印象も幾らか減じて感じられたのは痛い。続篇の『ダークナイト』が(というよりジョーカーが、か?)何度観ても素晴らしいのと比べると、哀しい。鍛錬シーンで「ninja!」という台詞が出たときには、吹きそうになった。

ただ、ここはノーランらしいと思えた一点は、終盤のチェイスシーン。あれは『フレンチ・コネクション』へのオマージュに相違ない。

「恐怖」というテーマは続篇で更に追求されることになるが、そのことを予告する台詞が現れたときには鳥肌が立った。本作そのものに於いても、「恐怖」が人々に何をもたらすか、が物語上の重要な鍵になっている点は見逃せない。

(評価:★4)

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