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[コメント] 野良犬(1949/日)

実は本作は後に『ゴジラ』を撮る事になる本多猪四郎のデビュー作だったりして…しかも何故かスタントマンとして(笑)
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 国内外問わず、刑事物の映画というのは映画そのものを牽引していった感がある。映画の比率を見ても、多分一番多いジャンルではないかと思われる。法を守り、悪に立ち向かう正義の味方として、あるいは公然と銃を使える存在として、何かと描きやすいのだろう。海外には秀作も多い。私の好みだけで言っても『ダーティ・ハリー』や『フレンチ・コネクション』なんてのが真っ先に思い浮かぶし(奇しくも同年なんだな)、ちょっと捻ってみても『ブレードランナー』だって刑事物だ。映画黎明期の頃から大きなジャンルとしてアメリカでは用いられている。

 そして多くはテレビシリーズとしてだが、日本でも数多くの刑事物作品は作られている。近年爆発的にヒットした『踊る大走査線2』は記憶に新しいところ。

 しかし、ハリウッドと違い、邦画の刑事物の歴史はそう古くない。刑事が主人公となり、推理とアクションを駆使して犯人を追いつめると言う定式を持った作品は実は本作が一番最初(少なくとも私が知っている限りは)。その意味でも本作は邦画におけるエポック・メイキングな作品として記憶されて然りだ。  勿論それだけ本作の質が高かったからこそ、と言うことも重要。徹底的にディテールに凝り、演出に手を抜かぬ真摯な映画作り、そして醸し出される緊張感。それらの質の高さが本作を作り上げており、その為に後に続く映画を作り出していったのだろう。

 それに後に続く刑事物の手本になっただけではない。本作は本作で特徴的な良さがある。

 その筆頭に挙げられるのは戦後直後という時代について。

 丁度同年にイギリスで製作された『第三の男』の舞台であるウィーンと同じく、この時代は東京も戦後復興期に当たり、表面はにぎやかに、そして裏社会も発展し続けてた時代に当たる(そう言えば『素晴らしき日曜日』(1947)にはより強くその描写があった)。それも会社のセットで撮るのではなく、こだわりを持った黒澤監督はロケーションを敢行する。それが生々しい当時の雑多な雰囲気を盛り上げてくれていた。ただ、そう言う雑多な時代だからこそ、撮影は危険を伴ったらしい。三船敏郎に背格好の似ている人物の後ろから、カモフラージュのために箱に入れた機材を持ったスタッフがくっついていくことで何とか撮りきったそうだが、撮影の間中、カメラマンはびくびくし通しだったとか…余談だが、この吹き替え役(いや、スタントマンと言っても良いな)は当時は復員したばかりの監督志望者である本多猪四郎その人だったりする(本多監督のデビュー作は監督としてではなく、役者としてと言うのが面白い)。

 ストーリー的には後になってあまりにも使い古されてしまった観があるものの(現在でもこの亜流は毎週何本もテレビで放映されている)、それを演じる三船敏郎の映えが、それらを越えた素晴らしさを演出していた。

 本作の場合、それと殊“暑さ”を強く演出したのも大きな要素だろう。わたし自身が凄い汗かきだって事もあって、汗の演出というのは観ているだけで苦手なんだが、そう言う生理的嫌悪感があるからこそ、逆に目が離せなくなってしまう。それとここでの汗は単なる暑さだけでなく、緊張感もしっかり演出されていた。凛々しい三船敏郎の顔に吹き出る汗の量、志村喬がだらしなく顔中の汗をふき取るシーンと、犯人を追いつめた時の真剣な顔から流れる汗(あ、これは雨?)。見事な対比だったよ。

 東宝がこの年製作を中断してしまったため、新東宝で公開されると言った、東宝争議の歴史中の一本でもある。

(評価:★4)

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