[コメント] 蜘蛛巣城(1957/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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「午前十時の映画祭」で4Kデジタルリマスター版を鑑賞。恥ずかしながら、2022年に初鑑賞。シェイクスピア作品を日本の戦国時代に置き換えたというよりも、シェイクスピア劇を能に翻案したという印象です。三船と山田五十鈴の顔はまるで能面。
冒頭、「昔々、蜘蛛巣城というお城がありました」ということを映像だけで見せるんですね。今時の作品なら台詞や字幕で処理しているところです。今の作品は安易に台詞に頼りすぎ。この冒頭は後々、「兵どもが夢の跡」的なエンディングに繋がりますが、もう一つ重要なポイントがあると思います。この段階で三人称の視点で描かれることを明かしています。つまり観客は、主人公と一緒にハラハラドキドキするのではなく、お話を客観視するポジションに位置づけられるわけです。それはまるで、芝居や能の「舞台」を観客席から見るように。そのせいかどうか、カメラは引きの画を多用します。そしてその引きの画は、後々「森が動く」に生かされるのです。
ただ、この映画で圧巻の画面は、動く森よりもマジで射ってる矢。CGの無い時代。出川哲朗よりも過酷な撮影。
弓を射ってるのは成城大学の弓道部の学生だったとか、酔った三船が「殺す気か!」と黒澤の自宅前で騒いだとか、いろんなエピソードがありますけどね。ちなみに東宝の撮影所も黒澤の自宅も三船の自宅も成城大学も成城にあるんですよ。なので、『悪い奴ほどよく眠る』冒頭のウェディングケーキは成城風月堂の特注だとか、『天国と地獄』にいたっては「(当時の)特急列車の乗客は富裕層」という理由から黒澤は特急列車の乗客のエキストラを成城の住民から集めたとか。
まあ、そんなエピソードは映画の解釈に直接関係ないんですけどね。ただ面白いのは、黒澤は「画面に本物が映る」と考えている点です。特急列車の乗客エキストラなんか典型例ですよ。その一方で、この映画では「能」という「様式」を取り入れている。「写実と様式」という相反するものをこの映画に放り込もうとしたように思うのです。
そう考えると、この映画は野心的です。黒澤明、当時47歳。この頃の黒澤は(後の黒澤もそうかもしれないけど)、野心的に攻めていた。いや、黒澤の野心は、「映画の可能性」を押し広げることだったのかもしれません。
(2022.11.26 イオンシネマ多摩センターにて鑑賞)
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