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[コメント] トゥモロー・ワールド(2006/米)

世界の終わりと始まり。霧と曇り空ばかりの気候が、重苦しい雰囲気に合っていた。
空イグアナ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







たった一人生まれた赤ん坊を見て、兵士たちが次々と銃口を下げる。

感動した。何故、キーだけが妊娠したのか。父親は誰なのか。赤ん坊が一人生まれたからといって、そこから何ができるのか。人類は本当に助かるのか。本編では答えは何も出されない。しかし、そんなことはどうだっていい。あのクライマックスの感動だけで充分だった。(ボートを漕ぎ出してからが無駄に長いと感じたくらいだ)

真っ先に思い出したのは、ずっと前にテレビのニュースで見た映像だった。武器も持っていない人間が単身で戦車の前に立ちはだかり、その進行を止めた、天安門事件のあれだ。……いや、待てよ。これはちょっと違う。(天安門事件の是非は別として)あの報道に込められていたのは、武力と平和だ。この映画の感動は、それだけではない。そう、この世に現れた、たった一つの幼い命。その重さだ。泣けた。

「子供は天使だ。」とよく言う。けれども実際には子供は悪魔にもなる。そもそも善や悪、美しい、醜いといった価値観が、人間が勝手に作り出したものに過ぎない。生まれたばかりの赤ん坊は白紙なのだ。それに子供が可愛く思えるのは、それが自分の子供だからであって、赤の他人の子供のビデオ映像を見せられても、可愛いとは思えないし、 まして妊娠、出産日記などつまらないだろう。

と、冷めたことを言いながらも、やはり子供が可愛く見える瞬間がある。そうだ。白紙だからこそ、可愛く見えるのだ。価値観も何もなかった幼い子供が、今まで感じたことのなかった喜びを感じてくれる。だから子供の笑顔を見るのは嬉しい。まあ、子供にとっては、部屋を散らかして騒々しく遊んでいるときが幸せだったりするわけだが。

いわば赤ん坊というのは、一つの世界が始まりだ。だから人は、子供あるいは、妊娠や出産といったものを尊く思ってしまうわけだ。

この映画は子供が生まれなくなったディストピア社会が舞台だ。だからこそ新しく生まれた赤ん坊の感動が際だつ。たとえ妊娠したのが赤の他人であってもだ。キーが妊娠していることを知ったときには、セスと一緒に衝撃を受ける。

そしてその感動は、ディストピア社会がしっかり描かれていればいるほど大きくなる。クライマックスは凄い。長回しと手持ちカメラで撮影された映像は、この上ない臨場感がある。どこかの報道カメラマンが某国で決死の思いで撮影した映像の未編集フィルムと偽っても通用するだろう。これは映画館で見てよかった。砲撃音が体に響いてきたあの感覚が、今でも忘れられない。とにかく圧倒された。

日常的なコーヒーショップから始まった物語は、この世の終末ともとれる荒れ果てた地へたどり着く。だが地獄絵図だけだったら、『プライベートライアン』の現代版(近未来版か)で終わっただろう。

戦争やテロを描いた映画はたくさんある。

妊娠や出産を描いた映画もたくさんある。

しかし、この映画は、この二つを組み合わせて、強烈な化学反応を起こしてくれた。

この世の終わりに現れた、たった一つの小さな世界の始まり。感動せずにいられるか。

(評価:★5)

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