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[コメント] 春との旅(2009/日)

現代版「東京物語」ですね。正面からオーソドックスにカメラに向かうその強さと、5編のエピソードを色濃く人生模様に紡いだ小林の手腕はやはりただものではない。一つ一つのエピソードが我が心に深く入り込んでしまった。
セント

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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出だしはロングショットから始まる。むさい寒村独特の掘立小屋から飛び出す老人。そしてすぐ驚いたように追いかける少女。だんだんカメラは近づき男はかなり足が不自由なことが分かる。少女も足が地に着いたような歩様で、いわばどたどた歩き。この辺りは独特の映像の世界と独創的な演技が目につく。セリフはしばらく聞こえない。導入部から小林のこの映画への思い入れを見る。

最初は長男の家に行く。連れ合いもいるし、豪邸に住んでいる。仲代が兄に無心する。兄の大滝は断る。やはりそうなんだと弟はそうがっくりもせず兄の家を出ようとする。そしてその時兄夫婦がこの家を出て老人ホームへと追いやられる現実を聞く。大滝の抑えた演技と絞り上げるような慟哭の心を我々は聞く。菅井のさりげない、それでも夫についていく献身ぶりが後々印象に残る。

次は大好きな弟に会いに行く。ところが刑務所に入っていて内縁の女にやっと巡り合う。律義な弟はその分生きるのに弱く、他人の罪を背負って刑務所にいると言うが、それは本当かどうかわからない。幸薄い内縁の女のどことない哀しさを秘める田中が絶妙。その瞬発力と抑えた演技力に舌を巻く。

次に出会うのは頭の上がらない長女の旅館。老齢にもかかわらずまだ現役で旅館を切りまわしている才気煥発な女性。淡島の、粋で、そして弟への優しさを見せる大きな演技。姉の前ではやんちゃな弟に成り果てる仲代も可愛くそしておかしい。弟って姉に対しては概してそんなもんですね。

そしていつも会えばいつもケンカの弟柄本。羽振りが良かった時代はとうに過ぎ、今は妻とひっそりと隠れ家のような部屋に佇んでいる。ここでの兄弟の猛烈なケンカぶりがすごい。分かる。分かります。本当の兄弟喧嘩を仲代柄本はやってのけます。このシーンは僕はとても泣けました。年は取ってても兄弟ってこうなんですね。いやあ、やられました。昔はいい暮らしをしてたんだろう弟の妻役の美保も実にいい。表情だけですべてを演じ切るすごさ。

その大叔父、大叔母たちに感化されたわけでもなかろうに、孫の徳永が急にわたしもお父さんに会いたくなったと仲代に急に告げる。

そして観客は徳永の母の死とその原因を知ることになるのだが、この父と娘の邂逅シーンも素晴らしい。娘は知っていた事実を言ってのけると泣きじゃくるだけだが、父親の香川はほとんどセリフなしで夫の顔、父親の顔を表現する。ますます鋭い演技。圧巻。本当にうまい。

屋外に出た仲代に後妻の戸田はこの家に住みませんか、と優しくする。『東京物語』で血縁的には他人だった息子の嫁原節子 が老夫婦に唯一優しくしてくれたのと同じ設定だ。小林はかなり『東京物語』を意識している。

と、この映画は家族の生き方をロードムービー形式で問い詰めた現代の『東京物語』である。親がいる間は兄弟は仲良くしているが、親がいなくなると疎遠になるものである。しかも、その兄弟がすべて高年齢に達しているとなれば、、。

仲代の次男は高年齢の役柄ではあったが、弱弱しいどころかとても肉体的にも立派に見えた。ちょっと気にはなったが、逆によかったのではないだろうか。長年の演技の粋を表現したかのような格調高い朗々たる演技。自身の年齢も相まって今までの集大成的な演技を披露してくれたような気がした。対する孫役の徳永も、十分仲代の演技を受け止め支え続けいわばがっぷり四つの演技とも言えるぐらい熱演。そう、彼らは『東京物語』の笠智衆東山千栄子でもあったのだ。

だからこの映画は生きる希望などを匂わして終わるわけにはいかない。そう家族の終焉はやはり死なのだ。いきなりやってくる死。そして画面は即エンドクレジットに変わる。敢えて小林は流れる込む感情を断ち切っているかのようだ。秀逸な終わりだ。だからこそ観客はこの映画の余韻を家に帰っても持ち込むことになる。

(評価:★5)

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