[コメント] 川の底からこんにちは(2009/日)
プライドの塊となって生きるのを潔しとせず、ただ運命に流されるままに無難に生きてきた女にとって、その運命を自らかぶり、誰はばかることなく積極的かつ厚顔に開き直ることこそが正しい生き方だった。見えない明日を思い煩うことなく、ただ頑張り続けるということへの時代錯誤とも映るポジティヴな賛美は貴重とも言える。
この作品の登場人物たちは、二人の例外(?)を除いて皆恥ずかしい過去を持っているのだが、それは映画的手法としてのディフォルマシオンでない事ぐらいは誰でも判ることだ。暗い裏面を隠しながら、皆「中の下」と自称して己より下の存在を蔑める自分に安堵している。だが実は「下の上」などという人々は、石を投げれば当たるほどにそこらを徘徊しているわけではなく、実質的には「中の下」が最も蔑まれる存在であることを皆気づかないか、気づいていても黙殺して安直な毎日を送っている。
だが、ヒロインは違った。自分は墜ちるところまで墜ちていることに決して目を瞑らず、居直るのだ。そこを踏みしめて登り続けるところからしか自分の人生は始まらないことに気づくのである。この、楽観主義も悲観主義も遙かに超越したシンプルな結論への到達に瞠目させられる。下を極めた人間は、這い上がる余力をも蓄える。そして、人生の不条理などというものに悩まず、あるがままの事実を丸ごと受けとめる人間は強い。この人生観を提示してきた石井裕也の深みには圧倒された。彼の旧作を一本観て、いささか舐めていた自分としては、強烈なアッパーカットを見舞われたような心持にさせられた。
癪なことに、その痛みはすこぶる気持ちよかったのだ。
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