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[コメント] 海炭市叙景(2010/日)

最後までスウィートな展開に逃げ込まないストーリーテリングは作り手たちの真摯な志の証だ。そうだよ、人生や現実なんてものはかようにビターで辛辣で暗澹たるものなのだ。それでも、決して悲惨ではない。そう言い切れる気高さにみちた映画。
田邉 晴彦

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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冒頭の2編で、主要産業の崩壊と再開発の息吹を描き、海炭市という街の全景を観客に提示している。ここは正直、多少説明的すぎるし、もっと言えば退屈なパートではあるが、前半でバックグランドを描いておくことにより、後半の3編が包含する地方都市の鬱屈とした空気感の演出(というか説得)に一役かっているともいえる。どことなくイギリスの地方都市をおもわせるのは、水分量の多い街並みや造船所の閉鎖といったイメージの集積の結果だろう。

作品は小林薫の登場から、一気に映画としてのギアをあげる。そこまでは素人の役者の起用もあり、どことなくルックが自主製作じみていて拍子抜けするが、小林薫演じるダメ親父の閉塞感に満ちた日常を情け容赦なく描き始めるあたりから格調が高くなり、珍しく父親役にトライしている加瀬亮の見事なキャラクター造形によりピークを迎える。(特に、加瀬亮の“何か”をみてしまった瞬間の表情がエグいくらい真に迫っている)この3章・4章だけで観賞の価値は十二分にある。

ただし、その後の展開は凡庸で、序盤で構築した荒涼とした作品世界をゆるゆると後退させていってしまうのが残念。特に、終盤のチンチン電車に登場人物がみな乗り合わせるシーンはあまりに唐突かつ無意味で、余計なものに感じた。そういったことがやりたいなら、中途半端なことせずに、最初からアンサンブルテイスト全開で「あ、あそこで登場したあいつがこのシーンにもでてくるかー」的なパズルあわせを散りばめればよかろうに。折角そこまでは自然な範疇で交差させてきたそれぞれの人生を、無理やりつなぎ合わせたようですわりが悪い。ポジティブなこじつけよりも、ネガティブな自然さにこそ、本作の良さがあると思う。

書いていて、なんだか批判しているような文になってしまったが、非常に心意気のある日本映画。新年一発目にこういう映画がみれて、本当にうれしいです。

20110106@渋谷ユーロスペース

(評価:★4)

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