[コメント] この愛のために撃て(2010/仏)
映画を見終った人むけのレビューです。
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やはり映画の面白さの大部分は演出アイデアの質と量によって左右されるのだということを痛感する。映画が本題に入って以降、要するにジル・ルルーシュがロシュディ・ゼムを連れて病院を抜け出すシーンからはもう演出家の「小技」が波状攻撃のように畳みかけられる。まずゼムを乗せた移動ベッドから離れようとしない護衛の警官を電気ショックで撃退するというのが面白い。続いてふたりが乗り込んだバス内では怪訝そうに見つめてくる子供に向かってゼムがウィンクを送る。こういう細かなところでキャラクタを平面性から救う手つきも抜け目ない。バスから降りてゼムが単独行動を取ろうとすると、なんとルルーシュがゼムに向かって発砲、と思いきや手前にあったガラスがバラバラに砕け散る。ガラスを用いるアイデアそのものは斬新でなくとも、展開の呼吸によって驚きとともに見せ切ってしまうところがある。
といった具合なのだけれども、以下にも面白かった小技アイデアをいくつか書き並べてみると、たとえば階段の踊り場で彼らの逃走/追跡劇に出くわした現金輸送の人の「すわ、強盗だ!」という勘違い。地下駐車場における逃走手段としての「レンタカー」とその「鍵」の使い方。悪徳警部一味に追い詰められた窮地から脱するストーブ転倒火災。地下鉄構内での追いかけっこ、とりわけ電車が通過した後に現れるトンネル内の扉。警察署に潜入するために起こす同時多発犯罪、またそれを監視モニタ群で見せるあたり、さらには警察署の大わらわぶり。
小技というのともまたちょっと違った点も挙げておくと、ルルーシュとゼムの関係性の発展ぶりは下手をするとウェットな演出で処理しがちなところだが、それに反してバディ・ムーヴィ的な心の通い合いを極力拒否したのは、どこかやはり良い意味で現代ではなく七〇年代アメリカ映画的に思える。出演者としては二名の女刑事、ミレイユ・ペリエとクレール・ペロが際立ってよかったことも付け加えておこう。私生活の描写が挟まれるようなことはいっさいなく、むしろただ職務に服しているだけにもかかわらず、その面構え・台詞回し・所作が彼女たちのキャラクタに奥行きを与えている。演出家・俳優・脚本家が巧みに手を取り合いさえすれば、物語の速度感を殺すことなく(エピソードに頼ることなく)魅力的なキャラクタを創造することはできる。
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