[コメント] ある男(2021/日)
この絵画(特に2回目の使い方)が本作を象徴していることは確かなのだが、別の云い方をすると、本作の主人公は、紛れもなく妻夫木聡だということを示している、と感じさせられる。あるいは、本作は「鏡」の映画だとも思う。
冒頭は、安藤サクラと窪田正孝のプロットから始まる。最初の登場人物は安藤で、雨の中の文具店、店員の安藤を俯瞰気味のアングルで捉えたショット。まず、この目線よりも高い視点でのショットは普通じゃない。不安が掻き立てられるショットだ。商品(ペン)を整理しながら涙する安藤。この涙の理由が明確に語られないのもいい。そこに客として窪田が入って来て、落雷と停電が起こるという、とても良い出だしなのだ。
序盤はこの2人と子供たちとの関係が描かれるが、窪田と安藤が初めてキスをしようとする車中の場面で、窪田がいきなり変調を来たすシーン(こゝも「鏡」が関わっている)から、いきなり4年近く時間を飛ばすカッティングにも驚かされる。また、安藤と、伊香保の旅館経営者の眞島秀和が、仏壇の前で声を揃えて発せられる科白の次に、旅客機の中の妻夫木に繋ぐ、という処理も特筆すべきだろう。こゝからしばらく、妻夫木中心のプロットにギアシフトする鮮やかな場面転換だ。
中盤以降も良い場面、強い画面は沢山あって、書きたいことは、いっぱいあるのだが、もう梗概に関わることは割愛する。ただ、画面の強さで云うと、大阪刑務所のシーンが出色の出来だということは記述しておきたい。まず接見室へ続く通路の造型がいいし、囚人として出て来る柄本明は真に怪演だ。しかし、これも特記すべきだと思うので書くが、柄本の関西弁イントネーションは相当に酷い。関西人の私には、虫酸が走るレベルで、それも含めて怪演だと感じた、ということだ。さらに、別の見方を示しておくと、こういう役は、関西の俳優にオファーして欲しいとも思う。例えば島田一の介だとか。いや、もっと云えば、柄本明がこの手のパラノイアにアサインされるって、意外感に欠けるとも思う。同じように、きたろう、でんでん、河合優実、仲野太賀といった、あちこちでよく見る顔が脇で出て来るのも、私に限った問題かも知れないが、食傷気味に感じられた。きたろうも河合も、こんな端役では勿体ないとも思う。
他にも、序盤の役所のシーンで安藤が映るのは不要じゃないかとか、森林伐採時の事故の演出がワザとらしいと感じたり(もっと怖い見せ方をしないから、ワザとらしいと感じるのだ)、窪田の絵の趣味と、目をつぶした自画像の扱いも、よく考えると繋がりが悪い(父親が描いた絵を彼が見ていたとは思えない)とか、アラも結構目立つ映画だと思うのだが、見ている最中は、画面の力に圧倒されて、あまり気にならない。この演出の力技は、やっぱり大したものだと云うべきだろう。
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