[コメント] フェイブルマンズ(2022/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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たんなるノスタルジックな思い出話でも映画賛歌でもない。これは若き映画好きが芸術家として生まれかわる、そしてそれと引き替えに何かを喪失する芸術家残酷物語だろう。
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オモチャの列車事故からはじまってスピルバーグはいろいろなものを撮っていく。この世の中には勝者と敗者がいること。愛するもの、愛されないものがいること。社会に押し潰されていくもの。家族。学校。1950年代――。
カメラの撮ったものは即、自分自身に跳ね返ってくる。それはひとの心を破壊することだってできる。撮ったフィルムを見る芸術家は、見る以前の自分と世界とを一コマごとに殺していかなければならないから、芸術家の人生に安住の場所はない。永遠のアウトサイダーとして終わらない思春期を生きるしかないのである。
主人公の母親もまたそういうひとだったが、親の言うことをきいて専業主婦になり、ピアニストとしてのキャリアを失う。いまの彼女はちょっとした変わり者のようにしか思われていないが、しかし、竜巻きを見にわざわざ車を走らせるのは、たんに彼女のエキセントリックさのあらわれではないだろう。失敗した芸術家の心のうちをいつも吹きあれるやり場のない怒りと破壊衝動の表現なのにちがいない。
もうひとり、アウトサイダーらしき人間がいる。高校の級友の彼だ。自分をカッコよく撮られてなぜか狼狽する。自分の嘘くさいまでの男らしさに内心欺瞞を感じていたということかもしれないが、それだけではないような気がする。はっきりとは説明されないが、そこには同性愛にかんするなにかがあると思うのだが、どうだろうか。1950年代のアメリカは同性愛者には苛烈な社会だったのである。
人生にまつわる残酷な真実。これは美しく懐かしいだけの映画では絶対ない。
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