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[コメント] 怪物(2023/日)

喪失の恐怖と性的な物語。視点を変えたら企画物。
ペペロンチーノ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







エンディングテロップに大多亮とか川村元気とか胡散臭い名前があったことが可笑しかった(笑)。

私は物語を語る「視点」に五月蠅いのですが、この映画はまさに4人の「視点」でストーリーが語られます。一つの事象も視点を変えれば別の側面が見えてくる。坂元裕二がドラマ「初恋の悪魔」でやった手法です。マーヤーのヴェールを剝ぎ取るんだ!

なので、この映画も視点を変えれば別の側面が見えてくるはずです。

一人称で生じる「ブラックボックス」を別の視点から解き明かす「パズル」。でも、パズル形式はあくまで技法であり、重要なのはその先に描かれる何かだと思うんです。しかしこの映画は、結局「視点を変えたら別の側面が見えるよね」ってことに終始する。なんだろう?「痒い所に手が届かない」「ツボを押してくれない」ボンヤリした印象。

この映画の「視点」を司る4人、つまり、母親・担任教師・校長・子供ですが、それぞれが「喪失の恐怖」を抱えています。子供を失うこと、職や恋人を失うこと、孫を失ったこと、そして友達を失うこと。この映画が描写する「怪物」は、表面的には「偏見」や「思い込み」あるいは「感情」かもしれませんが、それを生み出す真の「怪物」は「恐怖」だというわけです。逆に言えば、喪失によって「家族」という形を問う物語とも読み取れます。上述した「視点」の切り口は坂元裕二的ですが、「家族」という切り口は極めて是枝的です。

さらに、この映画は「性」の物語でもあると思います。「ガールズバーにいた」という先生の噂、高畑充希演じる恋人との性的関係、愛人との不倫旅行中に事故死した父親の話、中村獅童も女性関係で離婚したのでしょう。そして少年たちの友情とも愛情ともつかない感情。いままで是枝は、この手の話題にはあまり触れてこなかったように思います。ダッチワイフを主役にした『空気人形』ですら巧みに避けていましたから。

ただ、少年たちに同性愛的なことを匂わすけど、どうなんだろう?たぶん私はあまり偏見が無い方だと思うんですが、性に目覚める前の友情と愛情って、本人もよく区別がついてないと思うんだ。実際私も、小学生の頃は好きな男の子のホッペにチュッチュチュッチュよくキスしてたけど、現在では世界中の男は俺以外皆死んでしまえと思っている無類の女好きですよ。なんならこの映画の隣の席の女子ですら「小学生なのにずいぶん色っぽい」と思ったほど(<危ない奴だな)。キャバ嬢やガルバ嬢から毎日連絡が来て忙しくって(<営業LINEのくせに)。夜のお店で火事にあうのは嫌だな。気を付けよう。

なんて話はともかく、校長と少年が吹くトロンボーンとホルン。この音は、母親・安藤サクラと教師・瑛太のバックにも聞こえます。この鳴き声にも聞こえる楽器音は、4つの視点を司る「怪物」たちの咆哮なのです。物語は、「破壊」(火事)から始まり、「解放」(咆哮=魂の叫び)を経て、「生命」を象徴する「水」で終わります。ある意味「嵐が全てを洗い流す」という「再生」の物語とも言えます。

でも、本当にそんな決着で良かったのか?逃げてないか?と個人的には思うのです。明確な答えが出るようなテーマではないし、安易な答えも求めるべきではないことは重々承知していますが、それでもハッと気付かされる何かが欲しかったというのが正直なところ。それが上述した「痒い所に手が届かない」「ツボを押してくれない」ボンヤリした印象に繋がったんだと思います。

実は観る前は「重い映画は嫌だな」と思いながら映画館に足を運んだのですが、観終わってみたら「もっと重くないとダメじゃね?」と思っちゃった。なんかこう、是枝裕和×坂元裕二(+坂本龍一)という話題先行で作られた企画物の印象。たしかに、そこに釣られた客は重すぎると「ゲェ〜!」ってなっちゃうだろうしね。なんて思いながらエンディングを迎えたら、大多亮とか川村元気とかの胡散臭い名前ですよ(笑)。

そうか。この映画、視点を変えたら企画物だった。

(2023.06.11 吉祥寺オデヲンにて鑑賞)

(評価:★3)

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