[コメント] インデペンデンス・デイ(1996/米)
エンターテイメントに対する凌辱。当時、一緒に見た人が一言「ウチらと関係ないじゃん」。そして今起きている世の中の事も、こんな映画とはまったく関係がない。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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別にプロパガンダ映画が悪いとは思わない。いままでだってオデッサの階段を血に染め、空港でビシー水をゴミ箱に投げ、F14戦闘機の操縦席の中でミグに中指を立てた。それはすべて、創る側にせめてもの必然性があったような気がするのだが・・・。
この映画はベトナム帰還者を英雄に仕立て、虫酸が走るような決断をもって、大統領に「持ち続ける為の核」を使わせる。そしてすでに相手がいないにも関わらず、終わったはずの2極化に備えたものを持ち続ける為に、理解しやすく擬人化(?)された「ダイ」とつぶやく宇宙人という、理由もなにもない、通訳もいない、全く話にならない敵を創ることで、物事を単純化し、ただひたすら思考を止めさせる。その時点でそれはプロパガンダでもなんでもない。冷戦のノリで創ろうとしたのなら、それこそキュウリを愛し、人間であるドラゴにたいして失礼である。
維持することを正当化(されてないけどね)する為に、敵は皆一人一人同じ顔であり、その目的はあざとく、必然性も無く、はなはだ気持ちが悪い。
こんなものが比喩もなにもなく「エンターテイメント」の皮を被ろうとしている。こんなものはエンターテイメントでもなんでもない。ウルトラマン対ゼットンがそんなに魅力的だろうか?
皮肉でもほめる気にはならない。それが人類の独立記念日と言うのなら、別の人類の道を探る。
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