[コメント] 華岡青洲の妻(1967/日)
女、女。女たちでむんむんする。
現代、私たちは死に日常触れていない。これはよく指摘されることだ。
だが死は側にある。いつも私たちを待ちかまえている。
江戸時代の医療、さらに過去の医療行為全体に思いをはせてみよう。 どれほどひとびとは陰惨な現場に立ち会ってきたのか。 それを考えさせるだけでも、僕には見る意味はあった。
この映画、狂った猫たちの姿を見よ。 この猫たちは、生きようとする人間、生かそうとする人間、 生きたくとも生きられない人間と重なり合っている。 だれも華岡を残酷だとは責められない。
だからこそ、「女性」なのだと思う。こういう現場にあって、 女性のもつ意味合いは大変なものになったのだと思う。 医療の現場には、看護婦は付き物だ。それに女性は産む者でも あるのだから。
この作品は、ほんとうにもう「女」の映画だ。 日本での女の映画というと、遊廓を描いた映画なんかを思い浮かべる ひとが多いだろうが、それにも勝るとも劣らぬ女の世界がここにある。
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