[コメント] GONIN(1995/日)
線条的な叙法に終始する本木雅弘の身体は初期北野というノンリニアな叙法とクロスオーバーしない。にもかかわらず、なぜ本木と北野という組み合わせなのか。
異質な文法は内包しえなかったのではなく、異質なまま温存されることで、錯時法と叙法の混乱に苛む肉の哀願があれほど露骨だったボーイズラヴを最後は詩的実体へと凝縮するのである。
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