[コメント] 人情紙風船(1937/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
おそらく3度目の鑑賞になるのだが、観た年齢で印象が大きく変わっている。
初めて観たのは、第1回東京国際映画祭開催記念で、名作と呼ばれる日本映画を連日夜中にテレビ放映してた時だから、1985年頃。私は18,9歳。 強烈に残っている印象が2つ。 画面の向こうへ流れていく紙風船。 当時買ったばかりのパソコン(MSX!)で鑑賞映画記録を作り始め、河原崎長十郎の“長十郎”が何度やっても“長寿売ろう”と変換され、「お年寄りは大切にしなきゃだめじゃん!」とMSXの馬鹿さ加減に怒ったこと。
2度目はシネスケにコメントを書き始めてまだ日が浅い頃。 この映画のレビュー更新順も下から3番目で、おそらく2000年か2001年。私は30歳代前半で、山中貞雄が監督した年齢に一番近い頃。 河原崎長十郎演じる浪人・海野又十郎に肩入れし、「小市民にとって、喜びはあまりにも小さく、悲劇はあまりにも大きい。」とコメントを残していた。
3度目はこのコメントを書いている今、2009年。41歳。 社会的あるいは組織的に中間層に位置付けられる年齢で観ると、海野みたいな実直だけど気が利かない、情に訴えるしか能がない部下はいらない。むしろ、多少悪くても頭の回転が早い髪結新三の方が欲しい存在だ。なにしろ梅之助の親父、梅雀の爺さんだからね、モノが違う。
どうしても海野の悲劇に目が行きがちだが、河竹黙阿弥の原作は髪結新三だけの話だそうだ。 脚本にクレジットされている三村伸太郎が隣人・海野を書き加えたそうだが、その浪人は独り身で、粋でいなせな『河内山宗俊』の金子市之丞みたいなキャラクターだったという。 どうやら、山中貞雄が全面的に書き換えたらしい。 私が山中貞雄に近い年齢の時に海野に肩入れしたのは、あながち間違いではなさそうだ。 そして、その海野のキャラクターの書き換えにこそ、山中貞雄の意図が隠されているに違いない。
別な角度から見てみよう。
現存する山中貞雄3作品連続上映という機会に出会い3週間にわたって劇場鑑賞したのだが、この『人情紙風船』だけ録音状態がいい。 前2作品(それ以前の残っていない作品も)は日活作品だったが、本作はPCL(現東宝)作品。 上映が終わったらフィルムを捨てていたという(技術や保存に無頓着な)日活に対し、PCLの前身はトーキー技術開発会社。 また、この映画には「前進座総出演」とクレジットされ『河内山宗俊』に引き続き前進座を起用していることから、(『百萬両の壷』で大河内伝次郎じゃダメだと思ったかどうか知らないが)流麗な台詞回しの役者を起用したかったのかもしれない。 邦画初のトーキーが五所平之助『マダムと女房』1931年(昭和6年)で、いきなり普及したわけではないから、1937年の本作はトーキーが普及してまだ4,5年程度と推測される。
何が言いたいかというと、「トーキーの技術」「役者の台詞回し」というのは、山中作品を支える重要な要素だったのではなかろうか、ということである。 必要だったのは「いかに台詞を魅せるか」という点だったのではないだろうか。 実際この映画は、粋な台詞は多々あれど、時代劇としての見せ場=活劇(チャンバラ)は無い。
ここで再び、何故山中貞雄が海野又十郎というキャラクターを造形したかに戻る。 山中貞雄は、この映画で何かを終わらせようとしたのではないだろうか? 『百萬両の壷』は父の死から立ち直る子供が描かれていた。 『河内山宗俊』では心中に失敗する青年が描かれていた。 いわば、死(臨死)からの再生が少なからず描かれていた。 だが、本作は明らかに違う。 結果として遺作になってしまったが、本当なら、山中貞雄にとってこの作品自体が「再生のための臨死」という通過点だったのではないだろうか。
では、何を葬って何を創造しようとしたのだろう? そこで「台詞」というキーワードが出てくる。活劇のない時代劇という作品に意味が見えてくる。 もしかすると、「時代劇から現代劇への移行」ということを考えていたのではなかろうか? あくまで推測にすぎないし、今となっては知る術もないことなのだが・・・。
おことわり
3作品連続上映の際に毎週西山洋市という映画監督のトークショーがあって、山中3作品を串刺しで考察するという試みを行っていた。 今回の私のレビューは、この西山氏の考察から刺激を受け(少なくとも原作のクダリはその話から得た情報だ)、再構築し、勝手に妄想を膨らませて書いたものである。 従って、パクったわけじゃないけど、完全オリジナルの発想というわけでもない。
(09.06.13 ラピュタ阿佐ヶ谷にて鑑賞)
(評価:
)投票
このコメントを気に入った人達 (3 人) | [*] [*] |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。