[コメント] 気狂いピエロ(1965/仏)
観客を煙に巻く言葉の奔流は、しかしほとんど駄洒落の域にあって、それを「反復/ズレの快楽」などと呼ぶことも許されはするのだろうが、それ以上にゴダールが徹底してギャグの人であることを思い知らせる。真顔でかますギャグがいちばん面白い。私はそれをキートンに学んだ。おそらくゴダールもそうなのだろう。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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(しかしゴダールを「ギャグの人」として規定してしまうと、とりわけ近作に顕著なゴダールのもうひとつの側面、すなわち「真摯さ」「誠実さ」を受け止め損ねることにもなってしまうでしょう)
ここでもゴダールは「映画」を全部やろうとしている。最も分かりやすくは「ジャンルの横断」という点にそれはあらわれているのだが、むろん「映画」を全部やるなんてことが成功するはずはないのであって、だからほとんどのゴダール作品はあらかじめ失敗作たることが宿命づけられている。しかしそれはとてもとても面白い失敗作だ。『気狂いピエロ』もその例に漏れない。全ショットがそれ自体だけで「映画」たろうとしている。
また、シネスコの名手としてのゴダールはもっと正面切って評価されてもよいだろう。スコープ画面の全面に色を氾濫させつつ統御すること。それはセンスというより技術の問題だ。ジャン=ポール・ベルモンドの自爆および自動車の炎上における「炎」も凄い。“Film is like a battleground”は端的に正しい。
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