[コメント] グロリア(1980/米)
グローリア 日本で言ったら 「栄子」かな
もし私が神だったら、自分が創ったこの世界に、痕跡を残したりしない。神はその定義によって完璧な存在であるから、われわれがこの世に神の痕跡を見い出しがたいのは、実は当然のことである。
翻ってこの映画は、私をイライラさせる。グロリア(ジーナ・ローランズ)は、子供を憐れみ手を差し伸べるかと思えば、子守は懲り懲りとばかりに突き放す。やりかけたことを途中で止めたり、やめたことをまたやり直す。まるで私の日常を見せられた気分だ。
映画は、私に「いま映画を観ていること」を意識させないでほしい。無自覚に撮って自己をさらしてしまう監督より、自分の”見え方”を演出できるカサヴェテスの方が、少しは「物を考えている」と言えるのかもしれない。だが、本当の名人は、そこまで考えた上で、なお意識させないようにすることができる。と、私は考えている(根拠はない)。
ので、いくらジーナがかっこよくても、銃を撃つ姿が様になってても、唐突な発砲が度肝を抜いても(実際その通りだが)、私にはこの映画、根本的にダメ。カサヴェテスの痕跡、つまり”自覚的無自覚”とでも言うべき演出手法が鬱陶しいことこの上ない。
65/100(04/10/07記)
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