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[コメント] 冬の華(1978/日)

俊藤浩滋倉本聰クロード・チアリという誰が考えても完全なるミスマッチが、意外や伝統ある東映任侠を異次元へと昇華させた。スタッフ・キャストそれぞれが非常に良い仕事を競い合い、それが何と見事に融合してしまったのだ。
sawa:38

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







鳥肌が立つ脚本だった。冒頭の池部良と同じ台詞をラストの小池朝雄に喋らせ「韻」を踏ませるテクニック。

映像としては登場しない女たちを脚本だけの力で、如実に表現する力技。

高倉健を捨てて逃げた母親は百円単位の小銭を郵便通帳に貯めていた。通帳のカットが侘しい。そして女房(愛人か?)は健さんの収監されている北の旭川を思いつつ西へ西へと流れ、博多のトルコで・・・こういった堕ちる女のエピソードは従来の東映でもなかった訳ではない。しかし上記のような小技の映像や台詞でソレは補強され、それ以上の物語の進展がないにも関わらず観客の脳内は一本の太い物語が拡がっていく「仕掛け」である。

監督の降旗康男も独自性を出すこともなく無難に終わるのかと思いきや、ラストカットで健さんのどアップショット。それも一瞬モノクロ変換。これは良かった。ぎりぎりで独自性を出せて作品に「参加」出来たんじゃないか?

そしてチャイコフスキーとクロード・チアリ。東映任侠世界を率いてきた俊藤浩滋はかつて、高倉健とこんな組み合わせを予想だにしなかったであろう。高倉健池部良がフィルムに焼き付いているのなら「演歌」、それも『唐獅子牡丹』が流れてくるはずなのだ。しかし、違和感はあったか?・・・無い!横浜の港やブルーライトのマンションの部屋にクロード・チアリは絶妙に絡まってきた。本作を従来の任侠映画から昇華させた大きな要因のひとつがクロード・チアリだったのは間違いの無いところだ。

そして最後に忘れてはいけないのがお馴染みの東映ヤクザキャラたちだ。新参の小林亜星やら岡田真澄藤田進等の出場にめげずに「いつも通り」の「顔」を見せてくれた。それだけで任侠ファンは嬉しいのです。例え器は変わっても「いつも通り」の東映カラーを堅持したのは彼等の健闘だったと思います。

本作を「異色の文芸ヤクザ映画」などという安っぽいキャッチコピーで斬って捨ててしまうのは実に惜しい作品である。私は任侠映画のひとつの「進化形」だったと思うのです。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)pori けにろん[*] 直人

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