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[コメント] ゴジラVSメカゴジラ(1993/日)

ぜんぶ人災?
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







タマゴの持ち帰りから、ラドンの飛来、2度のゴジラ上陸(うち1回は「おびき出し」)まで、本作の災害って「今回ゴジラと戦うことになる人たち」が何もしなけりゃ何も起きなかったかも…ってのがむごい。未来人のテクノロジーを手に入れたGフォースの面々は、今回は勝てるとふんでか、最初っから妙に好戦的だった(最初の迎撃作戦での舌なめずりせんばかりの中尾彬。彼の面相が始めて活かされた気も…)。

また一方で主人公たちは、ベビーのことを、多分「何となく雰囲気が可愛いから」といった程度の発想で、いくら草食動物(?)だからとはいえ生態が謎の生物を、最初から人間の仲間のように扱ってしまう。京都の研究所で、超能力少女たちがテレパシーでキャッチしたメロディを聴かせたことで(故意ではないにせよ)ベビーを孵化させてしまったあと、小高さんがゴジラの出現をキャッチ(このタイミングで現われれば、ゴジラとベビーに何らかの因果関係がありそうなもんだということは誰も気付かない)。直後、四日市にゴジラが現われてから、京都にくるまで多少時間はあったのに、ベビーをゴジラに感知されないように、気密性の高い部屋へ隠したのが、ゴジラがなんと研究所のビルの真上にきた段階という不手際。無断で本部を離れ、たまたまその場にいあわせたG−フォースの高嶋隊員が迅速な判断処置をとっていれば、京都の被害はもう少し食い止められたのでは?(彼が、本部に帰ったら当然そのことを糾弾されると思いきや、無断で有給休暇をとったことでしかられていた)。

彼らの判断ミスはまだ続く。今度はベビーの檻の前で軽率にも超能力少女たちに例の歌を合唱させ、案の定「刺激」を与えてしまう(この前、それでタマゴが孵化したのに!)。突然暴れだすベビーを見て、佐野量子が「あんなベビー……。信じられない…」というが、観客の大半はああなることを予期していたと思う。

その後小笠原の無人島へおびきだそうとして、誤って幕張の市街地にベビーの檻を落としてしまってからの、幕張新都市の惨状は目を覆わんばかりの迫力。「プラズマ砲発射!(英語)」「冷えるまで時間かかりますよ(日本語)」となぜかいつも不機嫌そうな宮川一郎太も不思議だが、メカゴジラからゴジラの攻撃をそらす目的で、囮役を買ってでた挙句、あえなく撃墜され、ビルに突っ込み爆破炎上したガルーダに乗っている高嶋隊員に「あの野郎」よばわりする(よくドラマである「おれたちのためにバカなことしやがって…」という悲しみをまぎらすような言い方じゃなく、イライラしたような言い方をする)原田隊長もおかしい。彼の生死を心配するどころか、そんな高嶋隊員に向かって「早く助けに来てくれ!」と叫んでいるあたりになると、本編(人間劇)と特撮編の間で何か申し合わせに食い違いがあったんだろうか?と疑ってみたくなる。もっとも、ガルーダもメカゴジラもコクピットは頑丈にできているらしく高嶋隊員はもとより、完膚なきまでに破壊されたメカゴジラ(このシーンは見ごたえあるし、私は自分でも気付かないうちにゴジラ側に立って観ていたのか快感を感じた)のコンピュータが生存を否定しているのに、乗員全員軽いケガで無事だったから、隊長は強度に自信を持っていたのかもしれない。

G−フォースという集団は、ゴジラを倒す集団で、人間や社会を守ることは任務外なのかも知れない。仙台、京都、幕張。多少仕方が無いとはいえ払った犠牲はいくばくのものか?。挙句に戦いを総括して、勝敗を決したのは「命あるものと、ないもの(メカ)の差だ。やつには命にかえて守らなければいけないもの(ベビー)があった」とつぶやく。あなたたちの双肩にも何万人、何十万人もの人命がかかっていたのではないのか??

(評価:★2)

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