コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 春夏秋冬そして春(2003/独=韓国)

56億7000万年後の世界を夢見て。
町田

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







春。

最初の春は、とても短い。それはまるで人間の幼少期のようである。

しかし、全てを含み、かつ予言している。

水上の寺院。過去作品に於いてもそうだが ギドク作品の「水の壁」は、 カミュや安部公房やアントニオーニのような「不毛の壁」を意味しない。 ギドクの水は常に「聖域」を象ってきた。 それも罪人にとっての聖域である。 つまり『魚と寝る女』にとっての浮島であり、『悪い男』にとっての海岸である。

現実的な意味を成さない門と扉たち。 見方(フレーミング)によって無限の意味合いを備える。 人間の一生は、無数の外出と帰宅、邂逅と別離から成っており、 先の見える場合と、見えない場合とがある。

動物と暗示。 魚は死んでいた。蛙は生きていた。 そして、蛇は血塗れて死んでいた。

夏。

白く輝く季節。 眩い光が目の前を美しく反射して、 遠くのことなど気にもならない。

秋。

葉の散る時。

ここでギドクは 「一途な愛」を否定しているわけではない。 愛を「所有」しようという執着、自惚れを戒めているのだ。 男は彼の愛する白い魚を、再び殺してしまったのだ。 それも同じ方法で。『悪い男』のように愛せる男は、そうザラにはいない。

四色の般若心経。 芸術家監督キム・ギドクの真骨頂。

師の自殺。「閉」の護符。 愛弟子への「執着」を「チカラ」として発言させていまったことを 彼は恥じたのだろう。

冬。

準備の時。 秘密の季節。

ギドク本人が演ずる僧が、山頂(塔率天)へと運び上げる弥勒菩薩交脚思惟像。弥勒(みろく)は、ペルシャの古代太陽神ミトラ(ス)が隣国インドに入ってマイトレーヤと訛り、更に中国で漢語化され、朝鮮・日本へと伝わったものであるが、奇しくも今、世界中で一番面白いのは、中東と韓国、そして日本映画であるというのは、何たる偶然だろうか。或いは弥勒の司る「慈悲」を知る国民性の顕れ、功徳なのかも知れない。

そして春。

二度目の春も、やはり短い。 やはり全てを含み、かつ予言している。

世界は不条理に充ちている。 そして同じことの繰り返しだ。 しかし、それでも尚、人生には、生きる価値がある。

その力強い意思表明。

充実の読後感。

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (3 人)TOMIMORI[*] Santa Monica sawa:38[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。