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[コメント] 江戸川乱歩猟奇館 屋根裏の散歩者(1976/日)

幾ら待っても明智は来ない。明日も来ない、かも知れない。
町田

これは、乱歩=探偵小説の祖というイメージへの、もっと云えば、収束の約束された「探偵小説」というジャンルそのものへの、明確なる反逆=テロルであり、”確かな今を精一杯楽しむしかねぇじゃねぇか”という開き直りの人間賛歌である。真に乱歩的、そして野坂昭如的な人生哲学である。

石橋蓮司演じる主人公が屋根裏部屋に、単に潜んでいるだけでなく、奥へ奥へと移動=徘徊する何気ないシーンを忘れることなく、いやむしろ意識的にフィルムに撮り収めたところに、全盛期の田中登らしい才気を、まず感じた。これらのシーンは、洗面場での「しかし私は、退屈を感じています」という台詞とピタリと符合し、それだけでこの主人公の人物像を確定してしまった。

宮下順子が演じる婦人からも、メチャクチャに破綻した色情狂であるにも拘らず、非常な説得力を感じる。それは彼女が言葉に頼らず、視線のみで感じ、表現する女だからだろう。

乱歩原作作品に限らず、大正モダニズムを活写する映画には、その独特な雰囲気や設定の奇抜さばかりに目を奪われてしまった、馬鹿馬鹿しくも表層的な作が圧倒的に多く、観る側の俺としてもそんなことは重々承知しているのであるが、偶にこういう、骨も身もある作品に出会うことがあるから、やっぱりとりこぼすことができない。

それにしてもラストシーンの禍々しくも清々しいこと。大荒野に於けるピストン運動である。人類は、やはり意外とタフだ。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)sawa:38[*] ぽんしゅう[*]

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