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[コメント] アウト・オブ・サイト(1998/米)

スティーブン・ソダーバーグ作品だとは知らずに観る。ジョージ・クルーニーは好みではなくジェニファー・ロペスにも興味ない。ところが大人の男女の駆け引きにぐいぐいと引き込まれて(*)のシーンで目頭が熱くなり…(モロバレ覚悟せよ)→
Amandla!

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 (*)の答えは末尾にあります。

 確かに軽い映画。でも琴線に触れてしまったのだから仕方がない。心理描写がお得意のスティーブン・ソダーバーグならではの駆け引きに「う〜ん」と唸りました。「惹かれ合う二人に説得力がない」や「これみよがしだよ」とのご意見には同意できます。ただね、「もし、こんなシチュエーションがあり得たら」「仮に、あったとしたら」という前提で観ると「なるほど!」と頷かざるを得ない説得力を感じましたねぇ。コメントで触れたけれど好みではない男女が演じていたにもかかわらず、思わず感情移入させられてしまった二人の演技(とスティーブン・ソダーバーグの演出)の妙、それに編集の冴えには感嘆せざるを得ませんでした。

 無理な設定? そりゃそうですね。累犯銀行強盗(A career bank robber)とFBIのエージェント(連邦保安官=US Marshal)が恋仲になるわけがない。もっと言うと、銀行強盗が連邦保安官を誘拐(!)し、しかもそれがきっかけで恋仲になるなんて! 現実にはありっこない非現実的なストーリー。観客はそんなこと百も承知で観て楽しむんです。いわば知的なゲーム、あるいは大人向けのおとぎ話というべき虚構=ブラック・コメディですもん。エルモア・レナード原作のクライム・サスペンス(読んでないけど)を脚本のスコット・フランクが換骨奪胎したんじゃないかな、わかんないけど。脚本も賞をとってますね。

 「物語の展開が不透明になっていく中盤以降の今ひとつな展開に序盤のノリの良さが掻き消されてしまった」。う〜ん(?)なるほどね。うまい言い方をなさる。でも、これって「物語の展開」を見せるんではないのね。大人の駆け引きの妙を見せるお話。というわけですから、盛り上がりの中身は、駆け引きが複雑骨折しそうになるそのギリギリの線を綱渡りする部分なのね。

 映画を観た後もジョージ・クルーニーが色男だと思えず好きになれないしジェニファー・ロペスにも全く関心を持てないのに思わず引き込まれてしまったのは、その大人の駆け引きが見事にキマっていたからだろうな。まさに演出の「技あり」って感じ。『セックスと嘘とビデオテープ』心理描写の経験はダテではなかった。

 そんなわけで、きっとこの作品の評価は分かれるだろうと思ってたんだ。他人の色恋沙汰に興味ない人とか大人同士のクールな駆け引きに全く関心のない人は、恐らくこの作品は合うはずがなく、ちっとも面白い作品ではないでしょう。他人事であっても、大人の男女の駆け引きを楽しめる人だけが、この映画を「おもしろ〜い」と思えるんだろう、と。

 そういう意味で、クライマックスシーンの《駆け引き》は盛り上がりを見せます。終盤、強盗のジャック・フォーリー(ジョージ・クルーニー)を追いつめた連邦保安官のカレン・シスコ(ジェニファー・ロペス)が両手で銃をジャックに向けて構え、繰り返します―"Put the guns down."[ジャック、その銃、落としなさい、お願い]―設定上、たとえ恋仲であっても銀行強盗とそれを追う連邦保安官の間柄、観客は、次の成り行きを固唾を呑んで見守ります。ここが盛り上がり=クライマックスですから、他人の心理的駆け引きに関心のない人には、クライマックスのない映画になりますね。だから「つまんない〜」という意見が出るのも当たり前。

 ホテルのベッドルームのシーンとバーのシーンが交互に出てくるところなども、最初はジャックの空想かと思ったらそうではなかった。ここは、とっても巧みに二人の駆け引きを浮き彫りにする効果を生んでますね。斬新な編集が印象的(アカデミー編集賞ノミネートの Anne V. Coates 『アラビアのロレンス』(62)ですでにアカデミー賞をとっているベテラン)。ムダなシーンがなく、非常にスピーディーな展開で飽きさせないわけです。

 男女の駆け引きだけでなく、登場人物のやりとりも楽しい。冒頭、銀行員の窓口嬢に出させたお金を〈丁重に〉受けとった銀行強盗ジャックが「"Thank you, and have a nice day"サンキュー! ステキな一日を(過ごしてね)!」と言うと、行員は日頃の習慣で、つい「"You, too"あなたもね」と顔を強ばらせながらも応えてしまうところなど。吹き出してしまったんですが、わたし以外笑っている人はいませんでしたねぇ。米国ならドッと笑いが起きたんじゃないかなぁ。セリフのやりとりも笑わせるのでした。

 ……そう、軽い映画なんです。軽くて大人向けのクールな小品、アフター・ファイヴにカップルでお洒落な映画を観て、そのあと二人でディナーを食べたり、後のお楽しみの時間に話題になるような小品。大人だってたまには大人向けのおとぎ話を観たいもんです。だから「これみよがし」でもいいんです。スティーブン・ソダーバーグが、そのあたりを狙って作ったというのは明白でしょう?。もちろん、みどころはほかにもありますけれど、クライム・サスペンスだと思って観たら、がっかりするかも。

 「縁は異なもの味なもの」という日本語がそのまま映画になったようなお話―日本でいえば、知的な話芸=落語の世界、艶笑話の世界に近いといっていいかもしれない。エッチは主題ではないけれど、男女の機微が主眼で、ちょっぴりエッチも出てくる、まさに軽い娯楽映画。映画の話をしているうちに、自分たちの関係について話が転じると…「あたしたちはどうなんだろう」。極端なシチュエーション、あり得ないお話だけど「じゃ、キミたちはどうなの?」と映画を観たカップルに問いかけるソダーバーグの笑顔が浮かんできそうな感じといえばいいのかな。ちょっとした冗談話だけど、観た人が自分たちの関係を自問したとたん、このお話は冗談半分=ハーフ・シリアスになる、という小粋な作りになっている。この小粋さが受けてソダーバーグはハリウッドの最前線に堂々の復帰を果たすことになりました。

 そういうわけで音楽も当然、軽くてオシャレ調が多くなります。デートのとき二人で楽しめるクールで軽い曲。ついでに音楽について言うと、サウンド・トラック盤はセリフ付きなんですよね。笑わせたりハラハラ・ドキドキさせたりする場面のセリフをクリップしてある。つまり、映画を観たあと、サントラのセリフ部分で印象的なシーンを思い出しニヤリとしていただく。「軽さ」が身上のこの作品ならではのサントラですよね。

 ま、『セックスと嘘とビデオテープ』はセクシュアリティをめぐる男女の「軽くない」心理劇でした。この『アウト・オブ・サイト』をものにした結果、ソダーバーグの真骨頂のひとつはお笑い=コメディでも「心理的駆け引き」を描くのがうまい、と言えますね。大人の知性が要求され、ジョークというよりエスプリを利かせている、とも言える。フラッシュバックを多用して物語が効果的に整理され、集中力散漫な観客は展開すら飲み込めず、わけがわからん、ということになりかねない。お子さまには全く不向き。二度、三度と観直したり、解説されたりしないと理解できない人にはコメディにはならない。だいいち笑えません。頭の使いすぎによる過労で集中力が利かない時も不向き。大人のカップル向きのブラックなコメディを笑いながら楽しめる人向き。

Awards:

National Society of Film Critics Awards (99) - won Best Director, Best Film

Broadcast Film Critics Association Awards (99) - nominated Best Picture

Boston Society of Film Critics Awards (98) - won Best Film

Toronto Film Critics Association Awards (98) - nominated Best Direction (3rd place)

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 そんなわけで、軽い作品、小粋な作品も捨てたものではない、という点と、ソダーバーグが意外な一面をちょっぴり見せてくれてその「意味ありげ」な笑顔を垣間見させてくれた点を評価して、少し甘めの採点です。

(*)の答え。本文をお読みの方にはもうおわかりでしょうけど、"Put the guns down."[ジャック、銃、落としてちょうだい]から、ジャックを銃で撃つまでの数秒のシーン(日本語の〈間=ま〉)でした。サントラを聞いてて、このセリフのところにくると目頭がムズムズします(笑)。ちなみに銃で撃つ直前のセリフは「あんたの勝ちよ、ジャック」"You win, Jack."なんですが、このセリフが出てくるのは3回目。これは映画観てて気づかなかった(下にある再録シナリオでわかった)。

おまけ:これ書き上げた後に、念のためにIMDbに行ってみたら未だ Trailer は生き残ってたので観てみました。電話モデムで観られる 28.8 の接続スピードなので画面は小さいけれど、声はしっかり聞き取れます。また、セリフのサウンド・クリップのサイトも見つけたのでついでに載せときます。公式サイトも。

Trailers for Out of Sight http://us.imdb.com/Trailers?0120780

セリフのサウンド・クリップ http://new.wavlist.com/movies/148/

再録シナリオ(英文)のページ("Out Of Sight", production draft, by Scott Frank) http://www.lontano.dk/scriptsa/out-of-sight.html

ソダーバーグの公式サイト http://www.soderbergh.net/

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)死ぬまでシネマ[*] ゑぎ[*] ina[*]

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