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[コメント] ロード・オブ・ザ・リング(2001/米=ニュージーランド)

前人未踏の世界観構築に感心しつつも、物語と人物描写には心酔できず。この『旅の仲間』なら、『風の谷のナウシカ』の方が遙かに好きだ。
kiona

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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 比較に出して申し訳ないのだけれども『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』の“クライマックス・工場のシーン”と、この映画の“バルログ登場から坑道を突破するまでのシーン”を比べれば、CGにもセンスとハートがいるということが解る。前者がゲーセンのアトラクションぐらいにしか見えないのに比べて、後者のシーンにおける緊迫感と、それ以上にガンダルフ落下後の渾身の描写! フル回転する主人公達の激痛をスローモーションかまして見せるド直球の演出ながら、そこになおもオークどもが放つ矢が飛んでくる、ハードボイルドと背中合わせのセンチメンタリズムに痺れた。こういった、物語を信じていないとできない演出の数々が一つの確かな世界を構築するに至っている。

 ただ、全体を通して考えると、物語と人物描写に心酔させられるものはなかった。

 指輪というシンボルは非常に面白い。そこには、権力への憧憬や暴力解放への欲求といった様々な負を見出すことができる。指輪があらゆる人の心を揺さぶるのは、いかなる人もそれを心に秘めているからだ。けれどもその指輪の本質とも言うべきものが、どうしても実感として伝わってこなかった。

 一つに、指輪の誘惑から程遠い好人物ばかりが登場してきたこと。ガンダルフ、ビルボ、アラゴルン、エルフの奥方――模範的に禁欲を実行できる面々に、端から去勢されて見えるフロド以下ホビット達に、エルフの青年、ドワーフの中年。唯一違うのがボロミアだが……ババは残りの一人が引くしかないに決まっている。この点に、強い作劇上の不満を感じる。(ショーン・ビーンの起用という、分かる人にはあまりに分かりやすいキャスティングも相俟って)ボロミアは、狂言回しとはいかないまでも、ババを引くように端から設定されていて、その通りの役を演じさせられている(ショーン・ビーンがボロミアを演じさせられているのが……、ではなく、ボロミアがボロミアを演じさせられているのが)ように見え、顛末が読めてしまい、追うのが辛かった。

 ババを引かされているのは、彼だけじゃない。オーク達、ウルク=ハイ達、全てがそうだ。もとはエルフだったという彼らが、愛も意志も奪われ、サウロンに盲従させられ、叩き殺されるのを待つばかりであるというのはあまりに哀しい。また、彼らの描写がどうにも浅薄で、一方的であるために、白と黒の対立構図が幼稚なまでにはっきりしてしまっているのも、個人的に受け入れがたいものがあった。総じて、キャラクター相関図が神々しい予定調和によって雁字搦めにされており、それが織りなす二極間対立に、自分は共鳴できないどころか、恐怖さえ感じた。子供の頃から、こういうの苦手だった。

 自分は、誰に何と言われようと、この『旅の仲間』なら、『風の谷のナウシカ』の方が遙かに好きである。誰よりも深い慈しみの心を持っているくせに、一度怒り出すと手が付けられないナウシカ。目の前で父親を殺され、我を見失い、その場にいた仇どもを片っ端から叩き殺し、殺した後で我に返り、暴力に絡め取られる自分が怖いと泣き出すナウシカ。この『旅の仲間』では、あの誰より平和的で暴力的な矛盾だらけの狂ったお姫様に匹敵するリアリティを、フロド以下誰に感じることもできなかったし、ナウシカが住む、二極間対立など存在しようがない混沌とした世界に感じたリアリティも、この一本の世界観に感じることはできなかった。

 この中つ国が、このまま整然としたままあり続けるのか、それとも、思いもかけず混沌に雪崩れ落ちていくのか、続きは大いに楽しみにしている。

(評価:★4)

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