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[コメント] つぐない(2007/英)

水とタイプライター。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







十三歳のブライオニー(シアーシャ・ローナン)は、兄を迎える為の劇を書き、それを上演しようとする中、ふと呟く。「小説を書こうかな。小説なら、『城』と書けばそれが想像できるけど、劇は役者次第なんだもの」。この一言に、小説を原作とした映画としてのこの作品の弱さが見出せる。

僕自身は未読だが、原作小説の方では、実現しなかったセシーリア(キーラ・ナイトレイ)とロビー(ジェームズ・マカヴォイ)の再会が、読者自身にとっても、活字にされた小説という、作家・ブライオニー(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)の作品と同等のものとして提供されるので、ドラマとしての強度が段違いに高い筈。映像化してしまうと、そこの所が決定的に弱くなってしまう。

また、「役者次第」という点では、十八歳のブライオニーを演じたロモーラ・ガライにどうしても違和感がある。十三歳のブライオニーを演じたローナンの容姿には、線の細さと、卵のように滑らかな完璧さが備わっていて、その事が、自閉的で潔癖な空想家としての少女ブライオニーの造形に寄与していた。老年に達したブライオニー=レッドグレイヴは、この少女時代の面影を自然な形で継承し得ていたが、ガライは、あまりに線が太く、重く鈍い。

少女ブライオニーは、ロビーが自分に寄せる気持ちを確かめようとわざと川に落ちてみせ、救出されるが、激しく叱られもする。一方、ロビーは海辺で帰国の時を待ち望みながら死んでしまう。またセシーリアは、地下道に押し寄せた水流に巻き込まれて溺死する。そして、一連の物語の発端となったのは、ロビーの目の前でセシーリアが噴水の中に潜り、濡れて透けた体を晒すという出来事だ。

ロビーと再会できないまま水中に沈んでいくセシーリアと、水の傍らで死んでいくロビー。対照的に、かつてロビーに水中から救われたブライオニーは、ロビーの愛する対象ではなかった。実現すべき出来事が実現せず、片や、結ばれるべきでない筈の二人、ローラと、彼女を犯した男は結ばれる。ブライオニーの、二重の罪。

小説の、否、フィクションの創造とは、実現しなかった出来事、実現すべき出来事への、贖罪と祈りの行為なのだろうか。先述したように、この作品が「映像化」である事に伴う弱さは否定できないが、最後のブライオニーの告白の場面でインタビュアーを演じるのが、映画監督であるアンソニー・ミンゲラである事、また、ブライオニーが、画面の前の視聴者=映画の観客に向かって語りかける形を取ったショットが挿入されている点に、映像である事による強さを幾らか確保しようという意図が感じとれる。尤も、ミンゲラの出演については、映像を観ただけでなるほどと理解できる演出では全然ないのだが。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)jollyjoker ゑぎ[*] ジェリー[*]

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