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[コメント] 旅情(1955/米=英)

繊細かつ的確な演出で描かれる、‘オールドミス’への慈愛に満ちた、だが現在の視点から見ればやや偏見に満ちてもいる、一夏の恋。その違和感への我慢が報われるような、ラスト・シーンの美しさ。でもやはり何か釈然としない。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ジェーン(キャサリン・ヘップバーン)は、冒頭シーンで、汽車で乗り合わせた男性に明るく積極的に話しかける、少し煩いくらいにテンションの高い女性として観客の前に現れるが、ベネチアに着いて幾人かの人々と交わる内に、その明るさの空回りぶりと、一人旅の孤独、独り身である事への哀しみと後ろめたさ、人付き合いに不器用な性格を顕わにしていく。

彼女の性格が最も素直に表れているのは、街で知り合った少年に対する態度だろう。最初は彼に挨拶されても、躊躇いがちにぎこちなく挨拶を返すだけで、彼が話しかけてきても邪険にする。だが、その内に彼の天真爛漫さに絆されると、一緒に街を歩く仲になる。

対して、自分と同じ大人達との交わりでは、努めて明るく振舞おうとしながらも、他人と友好関係を結ぼうとする行為が微妙に噛み合わずに、結局は宿のテラスから野良猫と会話するしか仕方ない状況になる。この時の、猫がガランとした広場にポツンと立っているショットが、彼女の心情を上手く代弁している。

ジェーンが、登場時からずっとカメラを回して風景の撮影に熱心なのも、孤独を紛らわせる為かと思わせる。彼女が、夕陽が射し始めたベネチアの街の美しさに惹かれて、壮麗な建物に見入っていると、眼前の観光客が「本当に綺麗。昔と少しも変わらないわ」と言う。街の美しさすら、他人がとうに見出していたものであり、ジェーンを必要としてはいないのだ。ジェーンがカメラ撮影に夢中になる余り、池に落ち、群衆が集まってくるシーンがあるが、このシーンの最後でも、彼女が池から上がった後、別の男性が落ちて人々が群がってくる。つまり、池に落ちるという出来事だけが他人の注意を引いていたのであり、ジェーン個人を気にかけているのは、少年だけなのだ。

ジェーンは、レナート(ロッサノ・ブラッツィ)との出逢いのシーンで、彼女と視線が合いそうになるとサングラスを掛けるし、急いで席を立とうとする。友人を作るのには積極的でも、男女の関りには憶病な訳だ。偶然に立ち寄ったレナートの店でゴブレットを買おうとした時にも、「ペアは無いかしら」と、パートナーが居るかのように装い、カフェでも、誰かを待っているような体裁を繕ったせいで、せっかく再会したレナートが去ってしまうシーンもある。

その半面、ゴブレットの件でレナートと会話を交わした後、ジェーンは手紙に「いい人を見つけたの」と書き綴り、服まで鮮やかなピンク色の物を着ている。要は自意識過剰な性格だと言えばいいのだろうが、その事以上に、どうも僕がこのジェーンという人物に感情移入し辛いのは、自分が独り身である事に対して卑屈に過ぎる所だ。また、ベネチアで知人になった画家の不倫現場に遭遇すると、彼らを相手に小遣い稼ぎをしていた少年に乱暴な態度に出る、といった潔癖さが却って彼女を何か不潔な存在に思わせる。

そうした訳で、ショットの美的・演出的な的確さに感心しつつも、年に似合わぬ幼稚さの残る女性の神経質な言動に付き合わされている事の下らなさに、途中で少なからずウンザリさせられるのが玉に瑕。尤も、むしろそれ故に、ラスト・シーンの爽やかな印象が余計に際立つのかも知れないが。この別れは、レナートとの夜のデートのシーンで既に予告されていた。彼に買ってもらった白いクチナシの花を河に落としてしまうジェーン。それをレナートが拾おうとするショットで、川面に映る、彼の傍に来たジェーンの姿が、河に浮かぶクチナシの花と重なる。彼女が着ているドレスも白。レナートは、花に手が届かない。

ジェーンはなぜ、レナートと別れたのか。それは、画家夫婦の亀裂や、レナートが妻と別居している事などを知り、愛が永遠に続かない事に気付いたからではないか。レナートが、汽車で遠ざかるジェーンに渡そうとして叶わなかった白い花。この花には、ジェーンの青春の思い出がある。それをレナートが渡しそびれたのは、彼らの恋愛が実らなかった事の表れでもあるのかも知れないが、ジェーンの想いがずっとベネチア後に残り続ける事の暗喩でもあるだろう。

だが、この美しすぎるラストにもやはり一抹の疑問を感じてしまうのは、この物語が、ジェーンほどの年齢の女性にとっては、これが‘最後の’恋であるという前提に立っているように思えるからだ。女性が未婚である事や、女性の年齢、不倫という行為についての見方に、時代の違いを感じずにはいられない。例えば、花火の輝きに照らされる、ベランダに置き去りにされたジェーンのハイヒール、というショットでレナートとの情事を暗示する演出なども、間接的な表現に奥ゆかしさを覚えつつも、花火の発射と爆発というのが却って猥褻で淫靡に思えもしてしまう。

また、全てを‘美しい思い出’として留める為に別れを決めるジェーンの自己完結性には、彼女が結局は‘思い出作り’に来た観光客に過ぎず、レナートのナンパ男ぶりよりも無責任だという印象さえ受ける。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)ぽんしゅう[*] ジェリー[*] けにろん[*] TOMIMORI[*]

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