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[コメント] 浮き雲(1996/フィンランド)

‘ささやかな幸福’そのもののように時折ひょっこり姿を見せてくれる犬。窓、ドア、冷蔵庫、テーブル、港のコンテナ、といった四角形が形作る画面の構図、それに加えて壁やソファー、カーテンなどの赤、青、黄、白のシンプルな色彩バランスが目に心地好い。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







二人の部屋のソファの背後にかけられた絵は、斜めに描かれた食卓で、その斜線が適度にショットの構図に動きをつけ、また食卓というのが、最後に二人がレストランを始める結末を予告しているとも言える。

淡々とした中に常に生じ続ける、微妙なズレ。これが可笑しみと共に哀しさ、更には幸福感をも運んでくる。序盤での夫婦の会話でも、夫ラウリがテレビを買って来たのをあまり嬉しそうな顔をしないイロナは、「本棚とソファのローンも残っているのよ」と言う。だが夫は、ローンを返すまであっという間だと答え、返し終わったら本を買おうと言う。本棚のローンが残っているのに、ローン返済後に本を買おうという、この悠長で安心しきった時間感覚。この後、次々と経済的にひっ迫させられる出来事がスピーディに降りかかってくる展開になることを思うと、彼らが失ったものの大きさが感じられようというもの。イロナも、文句を言っていたくせに、部屋を掃除中についテレビに引き寄せられ、手を止めたりしている。ラウリが運転する路面電車に二人きりで乗る夫婦の、幸福そうな光景。

ラウリが解雇される場面での、レンガ造りの壁に当たる夕陽の美しさなど、場違いとも思えるような美しさが、人の幸不幸に関りなく流れる時間というものを感じさせる。この解雇の場面の淡々とした様子と、イロナの勤めるレストランが閉店する際の、人々が互いに別れを惜しむ姿の温かみが対照的。だが、ラウリの「近頃は皆、路面電車には乗らない」という台詞や、スヨホルム夫人の「もっと店を現代風にしておけばよかったのかしら」という言葉などに見られるように、どちらも時代にとり残される存在なのだ。

支配人がまた善い人そうな穏やかな顔をしているのが何だか嬉しい。イロナが嘘をついてまで美容院に勤めようとしてそれに成功しかけた時に、ちょうどこの支配人が客としてやって来て「あら、イロナ」ということになるのだが、その直前に女主人から「あらスヨホルムさん、いつも通りに?」と声をかけられている。つまり、名前も知っている常連というわけで、恐らく彼女がレストランの支配人をしていたことくらいは知っていそうだ。しかもイロナは「支配人」と答えてしまうので、たぶん、さっき彼女が「美容院に勤めていました」と言っていたのが嘘であるのも、あっさりバレている。だが支配人と出会ったことで、一度挫折しかけたレストラン開店が、彼女の資金提供で実現することになるのだ。イロナが、求職活動でずっとこだわっていた、レストランの仕事、それを遂に諦めて、仕事にありつければ何でもいいという所まで追い詰められたタイミングでの、この救済。

散々二人が金に困る姿や、不況でどうしようもないような状況が描かれ続けるおかげで、遂にレストランを開店した際も、店外に掲示された値段を見て去る夫婦や、昼時を過ぎても一人も客が来ない様子が、何ともスリリングに感じられる。だが、イロナが、労働者が立ち寄る場所柄だということで、軽くてもボリュームのあるメニューを用意しようと言っていた通りに、労働者が仕事の途中といった様子で店に入って来た光景を見ると、ほっとさせられる。テンションの低い演出が、経済的に活気も無い状況の中にも何か希望を見出そうとする物語に、ぴたりと嵌っている。

(評価:★4)

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