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[コメント] ばかのハコ船(2002/日)

人はみな、心にそれぞれの「あかじる」を持っている……のか?
林田乃丞

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 ゲラゲラ笑いながらもムカムカと腹が立ち、そしてみしみしと胸が痛んだ。

 ふたりとも、基本的にとてもマジメなのだ。起業にあたっていくらかの書籍を読んだ形跡もあるし、店頭販売となれば似合わないスーツを着込み、髪型をキメる常識もある。恋人同士でありながらプライベートと仕事の区別をしっかりしようとしているし、「栄養しか入っていません!」というあかじるのキャッチコピーもそれなりに練られたものなんだろう。夢を追う情熱もそれなりに満ちているし、それなりに若く体力もある。

 そんな「それなり」なふたりを、山下は断罪する。タイトルからして“ばか”呼ばわりし、憎むべき、あるいは嘲笑すべき存在としてすこぶる滑稽に描く。

 例えば彼氏の夢が稀代のロック・スターだとか、世界チャンピョンだとか直木賞だとか、そういった解り易い設定ならば「こんな工場で働けるかいボケ」という心の叫びは支持されるべきものだったかもしれない。彼の主張や行動や態度が、どれだけひいき目に見ても「空虚」としか映らないのは、彼自身が「あかじる」に対してまったくエモーショナルでないからだ。

 一方の彼女はと言えば一見して彼氏よりもシリアスに見えるが、彼女が「あかじる」に臨むそのシリアスさは要するに仕事に対する「オン/オフ」切り替えをちゃんとしようというだけで、仕事そのものに対する価値観は彼氏に丸投げで思考停止状態。なぜ「あかじる」なのかを考えることを端から放棄しているからその仕事は基本的に「我慢」でしかないし、「我慢」は限界を迎えれば自然と決壊してしまう。

 私は山下監督と同学年なのだが、終身雇用の崩壊だとか就職氷河期だとかネットの普及だとかで、私たちの世代はいわゆる「起業家」が急増した世代なんだそうだ。で、その「起業家」たちは自らが選んだ道が消去法の果てにあったということにあまり自覚的じゃないもんだから、浅はかな考えでどんどん進んではバタバタと倒れているんだそうだ。

 悲しいかな、社会人として生きるということは仕事をするということとほとんど同義である。不細工なストッキングを被らなくても済むように、私も自分自身の「あかじる」を今一度見つめ直してみる必要があるのかもしれない。そう思わせるのは、『ばかのハコ船』が優れた風刺映画として社会を撃っている証左だと思う。

(評価:★5)

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