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[コメント] 親切なクムジャさん(2005/韓国)

坂道、射程距離、ボコられた女の笑顔。強靭な画面に支えられた情念の物語。
林田乃丞

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 ラストで解るんだけど、ナレーションは娘のジェニーなんだよね。この映画の時間から数十年後のジェニーなんだ。彼女がクムジャさんを「クムジャさん」と呼び続けているということはつまり、彼女はこのあとオーストラリアの養父母のもとに帰ったということを意味しているわけで、だがしかしクムジャさんにはこの後、事の一部始終をジェニーに語り聞かせる機会があったということで。その複雑な親子関係の行く末を物語の余韻として残したあたり、非常に気に入りました。

 それと、復讐を果たしたクムジャさんの前についに現れてくれた被害男児の行動にも胸を打たれた。生きていれば二十歳になるという彼にとってクムジャさんは残虐な誘拐殺人犯の片割れでしかないという、そのどうしようもない事実。「俺はお前を絶対に許さない。俺を殺したお前たちに、俺に謝る権利などあるわけがない」という、「お前だってその口を塞がれるべき人間だろう」という、激しい糾弾。もっともそれはクムジャさんの自責から現出した妄想なわけで、結局彼女自身、せめてもの“親切”を尽くしたところで自分の罪が赦されるとは思っていなかったんだ。刑務所での長い年月、多くの人たちを巻き込んだ作戦、そこには、果たさなければならないけれど、果たしたところで何も生み出さないひとつの復讐があるだけだということを、彼女自身が自覚した上で実行していたんだ。

「良い誘拐と悪い誘拐」はあっても、事後に誰かが幸福になるような「良い復讐」なんてものは存在しないのだという至極真っ当な倫理観。そうした、作品の大テーマとも言うべき問題を「彼がクムジャさんの口にアレを押し込む」というたったひとつのシーンで語り切ってしまう説得力。このシーンまでは、派手なアイシャドーを引いたりハイヒールを履いたり銃の装飾にこだわったりと、映画は「復讐の美学」を謳っている。それをあの「妄想の中でさえ加害者に謝らせない男児」を登場させることで一気にひっくり返すストーリーテリングのダイナミズムには、まったく恐れ入ります。

 娘ジェニーの韓国行きが決定するくだりをはじめ、適度に戯画的な描写が容易に物語世界に導いてくれるし、一度ハマってみれば意外に奥の深い情念の渦が広がっている。すごく高次元でバランスの取れた優秀なエンターテイメントと思います。いやぁ面白かった。

(評価:★5)

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