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[コメント] イリュージョニスト(2010/英=仏)

ジャック・タチは本当に自らをこのタチシェフに重ねていたのか、「タチシェフ」がタチの本名であることを鑑みても、彼の映画のファンからすればそれは大いに疑問だ。なぜなら彼は決して時代遅れの芸人などではなく、最先端の映画作家だったから。そして彼もまたそれを誇りにしていただろうと思われるから。
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その意味で、タチがこのストーリを自らの手で撮らなかったのはよく納得できる。これはジャック・タチの映画ではまったくない。脚本家としてはともかく、演出家としての彼はこのような感傷こそを避け続けてきたのではなかったか。しかし私にしても多くの観客にしても、この感傷に抗うことは難しいだろう。物語はほとんど『ライムライト』か『男はつらいよ』だ。

だから私は「これはシルヴァン・ショメ監督による、最後のジャック・タチ主演映画にすぎない」という云い方をしてみたい。タチの体型・姿勢・所作を精確に写し取ったタチシェフが現れてくるだけで、もはや心穏やかでいることはできない。愛して止まない故人の新作をスクリーンで目の当たりにすること。その本来叶うはずのない映画ファンの夢は、少しく意外な形ではあるものの、こうしてショメの手によって実現した(やっぱり私は感傷的な観客なのだ!)。

ベルヴィル・ランデブー』で私たちを魅了した活劇性は意図的に退けられているが、キャラクタの小さな挙動や風景・美術で映画世界を表現する術は洗練の度を増し、「風」「雨」「波」「煙」といった不定形の視覚的細部に対する並々ならぬ執着がアニメーションに生命を吹き込んでいる。比喩ではなく、この画面には空気までもが描き込まれている。クレジットによればショメ自身が手掛けたらしい音楽をはじめ、サウンドトラックの充実ぶりもこの映画の強みだろう。各シークェンスに散りばめられたウサギをめぐる描写で物語の幹を補助する脚本術も、長篇映画のスケールを弁えた視野の広い仕事だ。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)KEI[*] わっこ[*] 赤い戦車[*]

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