コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] アキレスと亀(2008/日)

むしられっぱなし、やられっぱなしのろくでもない人生を描きつつ、安易にオチを付けないのが、この監督の矜恃と言うべきか。主人公の生き方を、いろんな角度から考えられて楽しかった。「絵描きコント」の寄せ集め的側面もありながら、2時間飽きさせないのはさすが。
サイモン64

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







2008.10.6。敷島シネポップで、半分湿気ったポップコーンをアホ面で食いながら見た。

〜〜〜

金満家ならずとも、子供が親の期待を受け、それがまた自分の宿命であるかのように勘違いして突き進むなんてことは良くある話だ。そんなよくある理由で少年が画家を志す序盤の展開から、その後に続く画に描いたような零落と、そして唯一の理解者にして人生の伴侶を得てからの話が、まあ実に巧妙に描かれた映画だ。

この映画を見た後で竹中直人監督の『無能の人』を少し思い出したけど、あの映画の主人公と、この映画の主人公では置かれた位置も何もかも正反対であり、特にそのエンディングは似て非なるものであるのがものすごく面白い。

親子二代に渡って画商親子にむしり続けられる設定も悲惨だが、中途半端に保護され続けてしまった主人公の戦闘力のなさときたらエヴァンゲリオンのシンジ超えるほど見るものをイライラさせ、さらには、さんざんむしった相手への報復が全く用意されないというカタルシスのなさっぷりは見るものの顔を曇らせること必定だ。

また、「絵画コント」の寄せ集め的パートもあって、これは前作『監督ばんざい!』でつまみ枝豆が見せた「太鼓のからぶりコント」をほうふつさせる。そしてちょっと絵画を知っているものなら容易に気づく有名画家のパロディ作品もなかなか面白い。なんというか決定打のないまま淡々と進む話ながらも、話のつなぎ方・まとめ方がうまいので、二時間という長尺を全く飽きずに見ていられるのが不思議である。

いろいろな見方ができる作品なので、機会があればぜひ見てほしい。

一方、「ドラマの中のアート」という難しさに、今回もまた当惑してしまった。たとえば、「絵にも描けない美しさ」の竜宮城を表現できる人はいない。「ガラスの仮面」における究極の舞台をドラマ内で演じることはほぼ不可能だ。「愛していると言ってくれ」で豊川悦司が描いたコンクールの入賞作はありえないほどヘボい絵だったし、「リップスティック」で三上博史が描いた壁画は腰が抜けるほどの凡作だった。ことほどさように、創作モノの中で別の創作物を納得行く形で表現するのは難しいのだ。それこそ「アキレスと亀」のパラドックスと同じで、劇中画が独立したアートとして成り立ってしまうと、外枠である映画と食い合ったり主客転倒したりで、成り立たなくなってしまうからだ。

その点、この映画で用意されるアートの数々は、テレビドラマとは違って、それなりの予算と準備期間を投入したレベルではあるけど、結局単独作品としての輝きは持ち得ないということを改めて痛感させられた。映画内の作品は結局誰からも評価されない(と主人公たちが思っている)まま終わるので、軸としては合っているんだけど、絵画というものを折角テーマにしているのだから、もう少し力作が見たいというのも正直なところである。そういう意味で少々残念なところもあったけど、いろいろ考えさせてくれて楽しい体験ができた映画だった。

ところで、この映画のタイトルにもなっている「アキレスと亀」のパラドックスというか詭弁であるが、これって「アキレスが亀に追いつくまでの瞬間を無限に分割すれば、永遠に追いつく瞬間は来ない」と言う、まさに詭弁の典型だ。追い越す瞬間を無視してそこにいたる直前の瞬間を云々しているのだから、論理として成立していないのだ。しかし、この話がなぜいまだに語り継がれているのか不思議でならない。

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (2 人)ペペロンチーノ[*] おーい粗茶[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。