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[コメント] 男はつらいよ 寅次郎忘れな草(1973/日)

牧場、とらや、キャバレーの三層構造と横断する寅
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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寅とリリーとの対話が真ん中にある作品で、過去作とは一線を画している。序盤の会話がいい。漁港のたもとに腰かけるふたり。夜汽車の窓から畑の真ん中にひとつ灯りが見えて泣いた、というリリーを寅が引き継ぐ。出て行く漁船を見送る母子、「父ちゃんのお出かけかあ」。私らの生活は泡みたいなもんだね。風呂でこいた屁みたいなもんだ。マンドリンがやたらと咽び泣く。

これらは朝四時から働く北海道の牧場の労働の逸話に引き継がれ、寅屋の家族に「遊んでいるみたいなもんだ」という寅の逆襲を準備する。しかし映画はこれらに序列をつけようとはしない。ただ不幸な寅だけがこれらを横断する。この構造こそシリーズの最も魅力的なものだと思う。

再見だったのだが、よく覚えていたのはリリーが母親に金を渡して喧嘩する件と、寅が引っ越された後のその家を覗きに行く件。マドンナの身の上を簡潔に述べるいつもの手法で、山田演出はこれが常から巧いのだが、本作は特に秀逸なロケハン(あのうねる溝川)と相まって忘れ難いシーンになっている。

リリーが寅屋でオンナ臭をまき散らす件も、前田吟ら常識人の受け答えに絶妙なものがあり、最後は三崎千恵子の「あんな女、はじめて見たよ」の残酷で幕が下ろされる。そのクライマックスは夜中に酔っ払って乱入するリリーを寅が宥める(「堅気の人はもう寝ているんだよ」)、といういつもの逆パターン、この定例を破るシリーズ全体の肝と云うべき件の悲哀に求心力がある。

その他の場面では、寅の幼児性がいつも以上に強調される。「いつもまでもガキ扱いするなよ」という捨て台詞で家を飛び出すし、ジャイアンツの黄色い野球帽被っているし、ラストは牧場で飛び跳ねているし。リリーとの大人の会話とのバランスを取ったのだろうか。制作陣はそういうことを考えるのかな、と思うと興味深い。リリーとのその後をもう知っている我々には、定型の収束は薄く思える。

(評価:★4)

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