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[コメント] サンダカン八番娼館 望郷(1974/日)

独居老人の孤独を描いて寂しく、ここだけで普遍に届いている。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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田中絹代は当時、パーキンソン病(ハンセン氏病は誤記でした。訂正します)の兄弟の死を見取ってから後は絹代御殿に一人住まいで殆ど仕事も付き合いもなかった、と伝記にある。このあばら屋とは住んでいる処は大違いなのだが、それでもおさきさんは自分に似ていると彼女は感じていたのではなかっただろうか。それとも名優とは、何にもなしにこれほど自然に演じられるものなのだろうか。

老女の名演技というのは森光子のでんぐり返りみたく押しの強さが出てくるものだと思うが、本作の彼女にはこれがない。全てを柔らかく可愛く受け流して、ただ眼光の真っ直ぐさで語ってしまう。老境の落語の名人に比すべき名演。先にあがった高橋洋子のラッシュを全部観て、仕草や動作を盗んだとのこと。タオル貰っての慟哭は『雨月』の猫真似が想起され、居住いを正してしまった。

元娼婦で家族にうとまれた末の孤独なのだが、事情は違えども独居老人世帯は今や相当な数で、田中絹代の名演技は彼等の代弁もしている。私の住んでいる安アパートも半数以上が独居老人だ。人恋しい人もいるだろう。親族は本作を観て改心してほしいものだ。

ボルネオ編は80年代の五社英雄中島貞夫を想起させるベタさで熊井啓にしては退屈(海軍上陸のドタバタは傑作だが)。娼館のセットのライティングなど余りにも安物で興醒めだ、松竹喜劇じゃないんだから。高橋洋子はいつものように大芝居を打っても嫌味がないのが美点だが、その後ヨロメキ小説で新人賞を取った人だから、あんまりこちらに悲惨が伝わってこない憾みがある。

悪いのは国策の変更よりもあの兄貴夫婦だ(本当に酷い連中だ)と思わせてしまうのも告発が弱まった処だろう。あるいは兄貴夫婦に心情止むを得ない事情があったのかも知れず、おさきさんの一人称の聞き書きだけで物語を組み立てた限界のようにも思われる。

ただ、お墓の向きの件は強烈、これをラストに持ってくるのは巧みだ。あと、日本に戻ってもうとまれるばかりだから満州へ行こうと誘う菅井きんの科白は考えさせられる。イギリスから逃れたアメリカ人のフロンティア精神ってのも、最初はこんなものだったのではないだろうか。

(評価:★4)

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