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[コメント] カビリアの夜(1957/伊)

ラストの解釈を私も考えてみた(『カビリア』『』『8 1/2』のネタバレあり)。〔追記しました〕
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







この作品のラストは映画の迫力に満ちている。同じような設定の作品は山ほどあるが、これほど映画の力に圧倒される経験はそう得られるものではない。俳優は最高、キャメラも美術も最高(背景の夕日を浴びる丸い湖が血の池地獄に見える)、音楽も最高。してホンはどうかというと、よく判らない。カビリアとオスカーの愚鈍なまでにむき出しのやり取りに続き、突然に若者に交じる不思議な収束がある。映画の勢いに圧倒されながら、これは何なのだと意味を探し求める間に映画は終わってしまう。そうして観客はその晩眠りにつくまで考え込むことになる。私も久し振りに観て考え込んでいる。いま書きながら考えている。

もちろん、そんなことは考えず映画に身を委ねるべき、という表層批評の立場もあるだろう。また、作者はアポリアを提示しており、問題は解けないから意義深い、という意見もあるだろう。それらは脇に置いておく。

さて、サイレント期の名作『カビリア』のカビリアは孤児であり、二度にわたり、カルタゴ軍によって神の生贄として捧げられる寸前にローマ兵に救われ、二人は結ばれる。この作品と本作との関連は判りやすい。本作のカビリアもまた神(社会)の生贄であり、生命の危機からは救われるが、二度とも水死したほうが彼女のためだったのではないかと云ってしまいたくなるような救われ方をする。古典劇のハッピーエンドは反転され、ネオ・リアリスモの精神が継続されている。

この作品、前半はオスカー俳優と、後半はオスカーなる男とのイザコザから成っている。本作でフェリーニ=マシーナはアカデミー外国映画賞を連続受賞しているが、作中の「オスカー」は前年度受賞作『』に関わるものに違いない。フェリーニはジェルソミーナに死を許すのに対し、カビリアには許さない(「生きていたくない。殺して」と叫ぶのに)。余りにも古典的な完成度の『』の次に進むために、ジェルソミーナを相対化したのが本作のカビリアだった。だから彼女は「オスカー」のふたりに拒絶される。

林の中に湧き出してくる若者は誰だろう。天使たち、というのが一般的な解釈だろうが、何で若者なのか。フェリーニのフィルモグラフィーからは『青春群像』の面々の再登場と考えられるが、あんな益体もない連中に囲まれても仕方ない。それよりも『』の、ジェルソミーナが好きだった芸人のイルマットとその仲間たちが登場したとしたい。

本作は水死の危機からの再生が冒頭と最後に繰り返される。冒頭の救済の後、カビリアは髭面の男の運転するオート三輪に乗って登場し(『』の引用だ)、娼婦連のタムロする広場でダンスを踊る。オスカー俳優ともマンボを踊る。だからラストの林の中で音楽が鳴り響くのは、物語の円環が二周目に入っていることを示すものだろう。カビリアは変わらなくていい。生きていれば、再び音楽で踊ることもできる。どんな境遇でも生きていればいいことがあるよ。

(追記)これは『8 1/2』のラストと同じ収束であることに気づいた。映画の企画から見放された後に全ての登場人物を集めて「人生は祭りだ」と踊るグイドと、カビリアは共振している。カビリアはお金や結婚相手を捨て去った後に、真に大切なものを見つけたのだ。持たぬ者が神に近いというキリスト教の峻厳さを体現しつつ、音楽の喜びに溢れるフェリーニ独自の世界である。

カビリアはジェルソミーナのように死ななかった。涙で流れたマスカラが目の下で固まり、カビリアの顔は道化師のメイクになっている。カビリアはジェルソミーナになったのだ。カビリアは今から、ジェルソミーナの生を生きなおすのである。死んだイルマット(ザンパノに殺されている)は仲間たちとともに、ジェルソミーナになったカビリアを励ますために、地上に降りてきたのだった。

(追記)フェリーニの方法は幻想だが、一方でネオ・リアリスモの徒らしく現実に向かう指向を持っている。『ローマ』や『オーケストラ・リハーサル』がその成果だ。そんな彼にとって『』の成功(ハリウッドの歓迎は有名)は余りにもロマンチックな位置づけで、『カビリアの夜』では、それはちょっと違いますと、生きてこそナンボですと訂正したのだと思う。だから『』と『カビリアの夜』が姉妹作だという位置づけは正しいと思う。

(評価:★5)

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