[コメント] チャーリーとチョコレート工場(2005/米=英)
バートンに(例えばギリアムのような)「反体制」を求めるほど野暮ではないつもりだが、ここまで体制にベッタリの結末で押し切られると、正直、戸惑ってしまう。『ビッグ・フィッシュ』の成功を嗅ぎ付けた出資者の思惑によって撮らされた、その拡大再生産ヴァージョン、といった印象を、少なからず受けてしまった。(同じロアルド・ダールの原作なら彼自ら製作に携わった『ジャイアント・ピーチ』の方が、何倍も何十倍も、共感できる作品であった。)
ファンタジーとしても、CGに頼りすぎてしまったきらいがあり、他の細かな意匠はともかくも、あの大袈裟なタツノオトシゴ舟とエレベーターには一片のスペクタクルさえ感じ得なかった。また『2001:』や『蝿男』などへのベタなオマージュも私には余計に感じられ、私はむしろ、やつれたヘレナ・ボナム・カーターの母親とひしゃげたボロ屋にこそ、紛れも無いバートン映画愛の刻印を見出したのであった。
もうこの際だから、はっきり断言してしまうが、本作を物語的側面からも映像的側面からも支えているのは、バートンよりむしろダニー・エルフマンであり、デップよりもディープ・ロイである。彼らはミュージカルとかギャグだとか云う添え物的立場を遥かに越えて、映画全体を文字通り背負って立っている。
だからと云って、私はバートンを咎めているのではない。それはむしろバートンの先見性、もしくは危機管理能力の高さの証左である。古びた原作とデップ御馴染みの怪演、CGと子役だけでは、到底画面を支えきれないと判断したバートンの、勇気在る撤退を私は全面的に支持したい。
それでその、音楽である。ダニー・エルフマンのソングについて触れたい。今回は全体的にロック調で纏められ、ビートルズからクイーン、オジー・オズボーンのHRから南米風セカンドラインのリズムまで取り入れられているが、パロディよりも何よりもそのメロディセンス、リズムの流れのしなやかさに度肝抜かされた。歌詞もかなり面白い。(字幕も珍しく良かった)元ロックマニヤ的発言を赦して貰えるならば、それは”ジェリーフィッシュ”のポップさと”ランディ・ニューマン”のアイロニーを独り占めしたかのような、ラインナップであった。
これは多分だが、次回作はこれよりもっと駄目になると思う。そしてその次くらいにまた傑作を撮ってくれるだろう。バートン映画は、アレンやジャームッシュと違って、当ると馬鹿デカイ宝くじだと思っているので、今後は期待し過ぎず余裕を持って、釣り糸をたらすこととする。『コープス・ブライド』は、本当は凄く楽しみにしているのだけど、今度は自分を巧く統制して、肩の力を抜いて迎えいれようと思うています。
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