[コメント] 酔いどれ天使(1948/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
夢を題材とした映画が好きだ。しかも飛びっきりの悪夢を題材としたものは殊に。私がテリー=ギリアムやデヴィッド=リンチ、デヴィッド=クローネンバーグと言った監督作品が好きなのは、彼らが私に悪夢世界を見せ付けてくれるから。
今までそれは私に一番最初に衝撃を与えてくれた、やはり夢を題材とした押井守監督作品『うる星やつら2』のお陰だと思っていた。
しかし、それは間違っていた。私はそれ以前に悪夢を題材とした映像を観ていたのだった。
多分小学校時代、テレビで観た悪夢の映像。ずーっとそれが私の中に残り続けていた。
それは明らかに“悪夢”を題材とした邦画で、映画そのものは覚えて無くても、その悪夢の部分だけははっきりと覚えていた(あるいはそれは映画でもなく、何かの番組でその部分だけを抜き出して放映していたのかも知れないけど)。
確実に私はそれを覚えていた。いや、表層では忘れていたのだ。この作品の冒頭で、三船敏郎演じる松永の顔を見るまでは…
これは私が購入した黒澤明DVD-BOXに入っていた作品の一本で、順番に観ていって、たまたま当たった作品に過ぎない。だけど、その冒頭を観た瞬間、まるでフラッシュバックが起こったように思いだした。
この顔は?
いや、多分そうだ。これがあの悪夢映画なんだ!いきなり居住まいを正した。子供の頃、本当に衝撃を受けた映画と、今こそ出会えた!
そして後半、ほんの僅か挿入される松永の悪夢のシーン。確かに覚えていた。しかもかなり正確に。
これはもう、誰がなんと言おうと最高点をあげなきゃ気が済まない。私にとって本物の原体験映画なんだから。
そして今になって観て、この作品の完成度の高さに改めて感心。
医者を主題としつつも、主人公を他に持って行って他者の目でその医者の姿を見せると言う方式は後年の『赤ひげ』で完成された形式だが、本作ではちょっと三船敏郎が突出しすぎて、多分監督自身の狙いとは離れてしまったと思う(だから『赤ひげ』を作るときは三船敏郎を赤ひげの新出にしたんだろう)。本作においてはそれだけ三船の個性が際だっていたと言うことだ。しかしそれは確かに監督の狙いははずれたかも知れないけど、それ以上の効果をもたらした。
三船が兎に角格好良いのだ。ギラギラした野生と、裏切られ、落ちぶれる過程、最後の覚悟を決めるとき、そして勿論悪夢を見るときの心底恐ろしげな表情さえも。
きらびやかな世界に住み、傍若無人に振る舞う松永。だが、結核と分かり、その利用価値が無くなったと見られるや、手の平を返したようによそよそしくなる彼の仲間や女たち。非情な世界に身を置いていることをまざまざと知らされ、まるで野良犬のように町を彷徨う…この時に流れる明るい音楽が又、ミスマッチさを誘い、ますます惨めさを強調していた。黒沢映画にしては比較的短い作品だが、これだけの時間の間にその転落の過程を丁寧に描いていて素晴らしいし、折に触れて挿入される沼の映像とギターの爪弾きが良いアクセントをつけている(後に『屋根の上のバイオリン弾き』でも同じ手法が用いられていた)。山本礼三郎演じる岡田が下手なギター弾きから奪うようにして爪弾く曲が「人殺しの唄」ってのは泣かせるね。
更に先に『姿三四郎』で180度以上の回転をカメラにさせた黒澤監督は、この作品でもしっかり見事なカメラ・ワークを行っている。部屋の中からパンしたカメラが縁側を通り過ぎ、沼を通り過ぎて向かい側に焦点を当てるように持って行ったり、三面鏡を使って三船の凄惨な姿を強調したりと、感動もののカメラ・ワークだ。中でもラストの松永と岡田の対峙シーンは本当に見事。松永が音を立てぬよう奈々子の部屋に入った途端、カメラが切り替わり、廊下からのロングショットへ。そしてものも言えないほど恐れて逃げまどう奈々子の姿を映した後、部屋の中へ。そこでは息詰まる松永と岡田の対峙シーンへと移っていく。そこまで全てが無言で、音さえも微かにしか聞こえないまま。そして松永が投げた花瓶が窓ガラスを破る音で、今度は音の世界へと入っていく。その過程が本当に素晴らしい。更につるつると滑るペンキの上で格闘させるなんて、ほとんど見たことのない、情けない、そして同時に格好良い格闘シーンを見せてくれた。見事見事。
勿論印象に残る悪夢のシーンは本物の悪夢を見せ付けさせるよう。美しく、そして恐ろしい。
更に言わせてもらうと、全般的にこの作品は音の使い方が上手い。ギターのみならず、特別出演の笠置シズ子の歌う「ジャングル・ブギ」も、落ちぶれて町を彷徨う松永の周りに溢れる「郭公のワルツ」、まさに悪夢を強調するかのようなおどろおどろしい音楽、等々。
キャラクターを見ると、完全に三船に食われた感じのある志村だけど、こっちも又味のある演技を見せているし、以降何作か続く「若い三船とそれを導く志村」の構図の最初となった作品として印象深い。新人三船と、それまで脇役しかやってなかったという志村の組み合わせを発掘した黒澤監督の慧眼も褒められて然りだろう。
まさにこれは最高映画の一つだ。
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