[コメント] 醜聞(1950/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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前半は非常にテンポがよく、ぐいぐい話に引きずり込まれる。小気味よさと、三船敏郎の存在がシンクロする素晴らしさ。そして後半から徐々に作品に落ちてくる陰。人間の脆さと志村喬の存在がシンクロする素晴らしさ。
しかも前半・後半ともに対照的な互いの存在を片隅に配置する事で、ますます際立つ人物像。互いの存在なくてして、ここまで光り輝かなかっただろうと思います。映画も俳優も。黒澤明という人も。
三船さんは快活で曲がった事が大嫌いなオトコマエをナチュラルに演じています(ていうかやっぱり演技はしてないんだろうなと思えるような演技なんですけど)。「女学生にサインを頼まれた」と苦い顔で現れ、「しかも"恋はオートバイに乗って"と書いてくれという」と眉根を寄せる青江に思わず吹き出してしまいました。なんという微笑ましいワンシーン。
それ以外ではキャバレーで蛍の光を熱唱したり、結核の娘・正子を見舞い、クリスマスパーティーをするシーン等、青臭く気恥ずかしい演出が目立つんですが、なぜかそういうシーンに限って恐ろしい力強さを感じます。照れる事なく、そして躊躇せずこういう事をやってのける黒澤監督は逆にかっこいいと思えるし、「クセェ!」と思いつつ、心は鷲掴みされた上、ガンガン揺さぶられる。
その蛭田の家でのパーティーシーンでは父親が買ってきたクマのぬいぐるみも映されるんですよね。しかもおでこにお星様が貼り付けてある。妙に滑稽で可愛らしくて思わず笑ってしまったんですが、あれはあの場にいなかった父親を象徴していたのか?と思ってみたり。またその前の、青江がクリスマスツリーをバイクに乗せて走るシーンはまるでフランス映画を見ているような不思議な感覚に陥りました。非常に印象深いシーンです(奇しくもクリスマスイブは三船さんの命日なんですよね…)。
そして競馬場のシーンでも分かるように、蛭田が娘を思うあまり、汚い事に手を出してしまったのではなく、本当に心が弱いだけだったというのも良い。蛭田はたとえ娘が健康であっても心を折られていたと思わせる展開で、蛭田を根本から誠実な人間として描いていない辺りが、「キャラが一人歩きし出し、脚本を書き直した」部分なのかなーと思いました。その若干支離滅裂なキャラから"生きている"息吹を感じました。全てを説明出来るような行動ばかりを取っていられないのが人間だと思うし。で、酔っ払って喋っているシーンは正直何を言っているのかほとんど分からなかったんですが、そもそも酔っ払いって何言ってるか分からないし、これはこれで良かった。台詞の聞き取りやすさ、何を言っているかという事よりも重要な事が充分伝わってきたし。蛆虫なお星様っぷりは本当に素晴らしかった。
それから西條美也子が最初裁判に乗り気じゃなかった部分については、まさかそのスキャンダルが本当になってしまえばいいのに…と思っているんじゃ?と勘繰りたくなるような表情をしていて、そこもとても印象的でした。女だったらあんな実直で真面目で男らしい芸術家と噂になったら、でっち上げだろうがなんだろうが、心が動かない訳がない!(あ、私だけ?)
黒澤作品としても三船出演作品としてもかなり上位に入る勢いで、この映画好きです。今年のクリスマスイブ、三船さんの命日に、またこの作品を観ようと思います。それとも今日七夕の星空を眺めて、こいつらお星様に思いを馳せるのもいいかな。
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08.07.07 記
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