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[コメント] 八月の狂詩曲(1991/日)

道場六三郎が作ったボンカレーみたい。何となく有難い気がする半面、彼にそんなものを作らせてどうするんだという虚しさ。子供たちの、道徳の教科書に出てきそうなお利口さん振りや、人物の類型性が、下手という以上に不気味にさえ感じられる。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







序盤で、食材を買いに出た子供たちが原爆の記念碑などを見て周る場面は、お利口さんの少女による、長崎の悲劇についての解説付きの「お勉強タイム」の観がある。終盤では、ただひたすら人の好さそうなアメリカ人・クラークさん(リチャード・ギア)のお勉強タイムもある。これは完全なる教育映画。

クラークさんを空港で出迎えるのを躊躇って立ち去った子供たちが、歩道を歩きながら街の喧騒の中で「人はすぐに悲劇を忘れてしまう」「僕は絶対忘れないぞ」などと、いかにも教科書通りの決意表明をする場面など、観ているこっちが恥ずかしくて顔を覆いそうになる。更にまた、そこには何か、長崎に暮らしている限りは原爆の事を思い出して辛気臭い顔をしていなさい、といった傲慢な印象も拭えない。これは、その土地で生活していない人間の観念的な見方ではないのか。

あからさまに自らの過去作『生きものの記録』のシーンを模倣しているのにも疑問を感じる。老人の繰り言のように見えてしまう。まだ言い足りない事があったからこそ本作を撮ったのではなかったのか。

物語の構成から、人物の言動、演技まで、全て図式であり、切れば血の出るようなナマな人間を演じ得ていたのは一人村瀬幸子のみ(彼女の役名・鉦(かね)は打楽器を表わし、要は彼女が原爆の恐ろしさを告げる警鐘を鳴らす存在だという事が分かる)。

べつに、他の役者が演技できていない訳ではなく、脚本に書かれた役柄が既に余りに人工的なのだ。僕が感心したのは、稲妻に撃たれて心中した二本の樹の前で突然発情する吉岡秀隆くらい。後はまぁ、「鯉の滝登り」を「鯛の滝登り」と言い間違えたのを子供たちに指摘されて「マチガエターッ!」と頭を抱えるクラークさんの愛嬌くらいか。彼のパイナップル農場で良い役職を与えてもらうのを期待していた井川比佐志が、改心した後も、背中に大きなパイナップルのイラストがプリントされたシャツを着ている可笑しさや、窓から伸びる、鮮やかな緑をした河童の手などの小ネタに漂う夏休み感は、愉しく観ていられるのだが。

印象に残るシーンが無い訳ではない。運動場に駆け出してきた子供たちの歓声と、慰霊碑の周りを囲む被爆者たちの沈痛な無言とのコントラスト。老婆たちの唱える般若心経が響く中、乾いた地面を這う蟻たちが、緑の茎を上り、赤い花に辿り着き、そこでお経が終わる場面など、対象との距離感を絶妙に保った繊細な演出も、あるにはある。

お婆ちゃんが語る、弟と見たという「ピカの目」の後にマッチカットで繋がれていた、夜空に浮かぶ満月が、後に、彼女がクラークさんと和解する光景の向こうで輝いている場面は、序盤での、世界各国から贈られていた慰霊碑に、アメリカの分が欠けていた光景を補っているように思える。とは言え、仏教徒であるリチャード・ギアが、黒澤の名に惹かれてやって来て、柔和なアメリカ人を演じる、というこの構図には、映画人の自己完結性が感じられて、あまり良い印象を受けない。

ラスト・シーンは、それまでのドラマ的な拙さが尾を引いているせいで素直に感動できないのが惜しいのだが、やはり名シーンではある。お婆ちゃんの傘が強風に裏返って、まるで黒い大きな花を握り締めているように見えた瞬間、鳴り響くシューベルトの“野バラ”。彼女を追う子供たちの内、最も年下の少年が着ている赤い服が、お婆ちゃんのバラに赤い色を返そうとしているかのよう。

‘童は見たり 野中のバラ’。蟻たちは、命を求めるように赤い花に向かっていたが、お婆ちゃんは、ハワイの兄・錫二郎の死に目にも会えず、赤い色は彼女の後方へと過ぎ去っていった。このラスト・シーンが感動的なのは、お婆ちゃんが嵐に逆らって進む先に何もありそうに見えないからだ。運命に抗いながらも、ひたすら虚無に向かって歩む彼女を、後ろから必死に呼び戻そうとする子供たち。

お婆ちゃんの弟が見た、赤く染まった空に開いたピカの目。お婆ちゃんは、弟が見たのは「人間の目でも、蛇の目でもない」と言う。ピカは、飽く迄も人間の所業であり、また同時に、非人間的な所業でもあるのだ。

それにしても、この黒澤明という人は、作品ごとに当たり外れが激しすぎる。僕は、この人の名に触れるたびに、目眩に似た感覚すら覚えるようになってきた。

(評価:★2)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)ぱーこ[*] けにろん[*] 赤い戦車[*] ぽんしゅう[*]

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