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[コメント] マンダレイ(2005/デンマーク=スウェーデン=オランダ=仏=独=米)

偽善と偽悪のマンダレイ
スパルタのキツネ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







前作『ドッグヴィル』でトムの掲げた理想の結果、“奴隷”のように虐げられたグレースは町を葬り去った。本作で、そんなグレースは奴隷制度の根づくマンダリンを前にし、理想の提唱者と実践者の両方になろうとした。トムのような提唱者はともかく、彼女がなぜ実践者に飛躍できたか、それは父親の力を譲り受けたからに他ならない。理想と力は火と油、常に暴発するリスクが付きまとう。その火種は何処から起こるかわからない。 トムと父親の中間に位置するグレースは、力を行使しながらも理想に忠実にあろうとした。

理想家は主張する(だけ)だからこそ理想家であって、得てしてその行動は失敗に終わることが多い。そして自分の主張が受け手側にどう捉えられたか、についても都合のよい解釈をするばかりで深い考えに至らない。一般の大衆が(世論が)罪に無慈悲なのは周知のとおりで、勢い任せの多数決をすれば盗人が死刑なんて事になる。父の力を失った理想家グレースにはその勢いをとめる術を持たず、処刑を引き受けつつも罪人はだました。 

彼女が前作のトム(ポール・ベタニー)と異なっていたのは、それを感じないように心掛けつつも、理想をただ妄信するのではなくその翳りに感づいていた点だろう。そんな彼女の潜在的な不安は、細やかなことに対しても仄かな安堵に至り、仄かな安堵は欲情を招いた。父親が言ったように理想が形になりつつある頃、グレースはハーレムを夢見るようになったのだった。

グレースがティモシーに抱かれ、声にならない声が溢れ出た瞬間こそが本作のカタルシスと言えましょう。グレースが一人の純情な女性として高潔な男性に抱かれたその姿は、その実、「偽善」が「偽悪」に抱かれた姿だったのだ! ハーレムは理想の暴発とともに灰燼と帰し、輝ける女神は抜け殻の裸婦像に変わり果てた。 そして、ママの法律の真実を知ったグレースは、「理想」と「現実」の墓場マンダレイから逃亡するのだった。

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逃れようとしたグレースが父とすれ違ったエンディングは、旧態依然としたマンダレイの時(多数決で時間をずらしたエピソード)を演出しつつ、赤い花束でオープニングでの父親との不協和音に記憶を遡らせ、鞭打ちの解釈の違いで次回作「ワシントン」への含みを持たせたうまいエンディング。

個人的には前作も好きだが、本作のテーマのほうがより汎用性があるし判りやすくて好きだ。次第に核心に近づいている感じもする。「ワシントン」はどんなエンディングになるのだろう? タイトルからしても何かとんでもなく将来的に不幸なものを成すことで満足するエンディングになりそうだ。

ヒロインにブライス・ダラス・ハワードを大抜擢したのは、まさか彼女がここまでやるとは・・・、と思わせ大正解。グレースとしては、さすがにキッドマンの演技のほうが上手だけど、ブライスはブライスで、グレースの純情と愚かさを良く表現できていた。実は『ヴィレッジ』から好きなんですよね彼女を。前作のほうが若々しく美人に撮れていたけれど、本作の大人びた生真面目な表情もぐっと来ます。同じ女性に見えないですね。非常に将来性を感じます。

(評価:★4)

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