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[コメント] トータル・リコール(1990/米)

物語が内包する「アイデンティティ・クライシス」という主題すら単なるビックリ展開として扱ったような、奇矯な視覚的演出の連続。少年のラクガキをそのまま映画にしてみせたような、チープかつエログロな世界観が愉しい。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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シャロン・ストーンにやたら金的をさせるアクション演出もまた変態的。彼女が二度に渡ってダグラス(アーノルド・シュワルツェネッガー)を騙そうとすることや、ダグラスにとっての過去の自分自身=ハウザーさえもがクエイドを騙していたこと、「五人のガキが」の決まり文句を繰り返す陽気なタクシードライバーまでもが裏切る展開、ニュータント娼婦が曝け出してみせる三つの乳房、抵抗勢力の男と二人きりで部屋に置かれたダグラスが「あんたがクワトーか?」と訊ねると、「違う」と答えたその男の腹に人面瘡のようにクワトーが居ること、ダグラス自身もまた、自分の頭の中に入れられていた発信機を食い物に挿してネズミに咥えさせたり、空港で中年婦人の顔が割れると中から厳ついシュワの顔が現れるという変装、ホログラムで敵を欺く銃撃戦など、とにかく観客の意表を突こうとすることにこだわりまくった演出。殆ど児戯に等しいとさえ言ってしまえるかもしれないが、それゆえの無邪気な愉しさが充ちている。

敵方のボスであるコーヘイゲン(ロニー・コックス)によって水槽のガラスを割られた金魚たちが床で口をパクパクさせるカットに続いて、空気を遮断された人々が苦しんでいるカットに繋がるシーンなど、火星のシークェンスに於いては、ガラスが割れるということは、外の砂漠に吸い出されて窒息死することを意味している。だからこそ、「空気は限られている」という前提そのものが嘘であったという真実を知り、ダグラスが、宇宙人の残した空気製造装置を作動させるシーンでは、「ガラスが割れる」という出来事が、死の危険から「解放」へと意味を変えるという、視覚的な意味の転回によってより印象づけられることになる。そして、赤い色調で統一されていた火星に、青い空が現れることによる解放感。

ところで、ダグラスがリコール社で火星の旅の疑似体験をしようとするシーンでの、モニターにオプションとしての宇宙人キャラクターを表示してみせた女性職員の「百万年前の宇宙人よ」という台詞や、彼女に電子チップか何かを手渡された助手が「“火星の青空”か」と口にすることからも、このシーン以降の展開が全て疑似体験であるという解釈が成立する。そうすると、途中でリコール社の者だと名乗って現れた男は、真実を告げていたのだろうか。ダグラスは、男が顔に汗を垂らしているのを見て、目の前の人間は生身の存在、つまり男が嘘をついていると断定して射殺するのだが、その判断は正しかったのかどうなのか。この男が連れてきていた、妻役のシャロン・ストーンの立ち位置も幾らか曖昧かつ両義的なものとなる。この疑問がつきまとうことで、本作のハッピーエンドはバッドエンドに転じかねないものともなる。エログロな視覚的驚きを、明瞭に見える形で提示してみせたこの映画が内包する、仄かな暗さと曖昧さ。それもまた本作の魅力の一つでもある。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)DSCH けにろん[*] ぽんしゅう[*] ダリア[*]

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