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[コメント] トロピック・サンダー 史上最低の作戦(2008/米=独)

卑怯な作りではある。ただの拙さや凡庸さまでも「確信的な批評」として受容されうるよう仕組まれている。作劇はキャラクタ重視。キャストは概ね分裂気味の役をよく演じている。主演者やトム・クルーズの他にも新人ジェイ・バルチェル、監督スティーヴ・クーガン、原作者ニック・ノルティあたりの働きも好もしい。
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**ネタバレ注意**
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もうちょっと補足しておこう。キャラクタが分裂気味であるということについて、ロバート・ダウニーJr.ベン・スティラーのパーソナリティがそうであることは云うまでもないだろう(パンダ殺しのシーンは何だったんだ?)。序盤のバルチェルは最も頼りにならなそうな若者を演じており、劇中劇でも同様の役柄を引き受けているが、いったん彼らが本物の「戦場」に置かれると、元軍人であるという彼が最も頼りになるキャラクタに変貌する(バルチェルは『ミリオンダラー・ベイビー』のデンジャー役の人ですね。いい俳優だと思います)。精力強壮剤か何かのコマーシャルに出演し、そのイメージを売りにしているらしいブランドン・T・ジャクソンは実はゲイであったことが明らかになる。両手を失ったヴェトナム帰還兵だというノルティのその経歴はまったくの偽りである。あるいは「分裂」という語の響きがいささか強すぎるというのであれば、それは「二重性」とでも云い換えてもよい。二重性を持ったキャラクタを設定し、それをもって物語の展開力とする作劇がなされている。

もちろんキャラクタが何らかの二重性を持っているというのはほとんどすべての劇映画について指摘できる事柄でもあるのだが、この映画は結末に向けてその二重的なキャラクタにポジティヴな変化を用意している。それは「成長」と云ってもよい。死線を越えたミッションを通じて彼らを成長をする。役にのめり込むあまり役と自分の境界を見失いがちのダウニーJr.はオサイラス軍曹の扮装を振り捨てる。演技賞とは無縁で友人にも恵まれていないらしいスティラーはオスカーを獲得し、ダウニーJr.との間には友情が生まれる(マシュー・マコノヒーもまた友情を裏切らなかった!)。ジャクソンと「恋人なんかいない」と云っていたバルチェルは、ラストの授賞式シーンで恋人(?)を傍らに置いている。

クルーズが期待以上の怪演を見せ、ジャック・ブラックは期待に応えるほどの活躍をしなかった。というのはおそらく多くの観客に共通する素朴な感想ではないかと思うが、それについては以上のことを踏まえて次のように云えるだろう。ブラックの低調は彼に「ポジティヴな変化」が与えられなかったことにもよる。ブラックにとってのポジティヴな変化とはおそらく「薬物中毒の克服」でなければならないだろうが、少なくとも他のキャラクタのように明瞭な形でそれが描かれることはない。一方のクルーズだが、彼のキャラクタは「ほとんどすべての劇映画について指摘できる」(つまり、映画にとって「真っ当な」)二重性などハナから持っていないがゆえに強烈な印象を与えると云えるだろう。クルーズは自身の首のように太い一本線のキャラクタをシーンを経るごとにエスカレートさせて演じているだけなのだ。汚い罵りの言葉を連呼して異様なダンスを披露すること以上に、このクルーズのキャラクタはその造型法からして真っ当な映画の道を外れている。物語の要素を多く詰めすぎている点以外はしごく真っ当に拵えられた映画だからこそ、その印象は余計に強められるだろう。

(評価:★3)

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