[コメント] エレジー(2008/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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この女性監督、とても上手だと思うんです。 私はこれまで、彼女の監督作を『パリ、ジュテーム』中の短編一つしか観たことがないのですが、長い時間の流れを違和感なくテンポ良く魅せる術に長けているように思えます。 そしていずれも、珠玉の短編小説のような読後感がある。
巧いなあと思うのは、例えば、ペネロペちゃんと知り合って間もなくの頃にゴヤの画集を一緒に見るシーン。 「裸のマハ」に手を掛けて「いや、いきなりこれはセクハラだよね」と思ったかどうか、一瞬躊躇して「着衣のマハ」を開くのです。 ここに、逆に男の下心が垣間見えるのです。巧いなあ。
そして、毎度おなじみおっぱいポロリのペネロペちゃんは、「裸のマハ」のポーズで美しい自分の姿を写真に残そうとします。 ところが私は「ああ、そこなんだぁ」と少しガッカリしてしまったのです。 「病気」の辺りから、盛り上がりが萎えてしまった感じだったのです。
冒頭から「老いらくの恋」を掲げたこの映画を、私は勝手に谷崎的要素を嗅ぎとって楽しんでいました(しかもかなり楽しんだ)。 ところがこの物語の本質はそこではなく、美のあり方だったのです。
絵画、写真、詩、文学。ペネロペちゃんが自分の姿を写真に残そうとしたように、作品に残された“美”は永遠なのです。 劇中「人間は所有者でなく一時的な管理者にすぎない」といった意味の台詞もあります。 そして冒頭の講義シーンで「10年後には感じ方が変わる」と言うように、永遠の“美”に対して人間側の受け止め方が変化するという思想が提示されるのです。
そして、逆に人間の“美”は一瞬である、ということが提示されるのです。 ペネロペちゃんは病気で自身の“美”を失います。 そして、その“美”に惚れた男が、“美”を失った彼女に対して“愛”を感じるという文学的趣向。あるいは「人間にとって永遠の愛こそが美」というテーマなのかもしれません。
実を言うと、病気のクダリからこうしたテーマが見えてきて、やっと「そういや女性監督だった」と思い出したのです。急に女性映画の様相を呈してきた感じがしたのです。
先に述べたように、私は勝手に谷崎的要素を楽しみ、老いらくの恋に苦しむオッサンに「分かる、分かるよぉ」と感情移入していたので、この展開に肩すかしをくらい、盛り上がってたモノが萎えてしまう哀しさを感じてしまったのです。 あ、だから『エレジー』なのか(<違うわ)
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