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[コメント] 母なる証明(2009/韓国)

「〈母性〉の牢獄」とかいくらでもそれっぽいキーワードで語れそうなのだが、しかしそんな安易なキャッチコピーは口に出した瞬間に陳腐化する。それだけの強度を持つ映画。
MSRkb

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 4だが限りなく5に近い4。

 ポン・ジュノの映画は、いつも不思議だ。『グエムル』までは、「オフビートな作風」とか「ちょっと意地の悪い(観客の欲望をわざといなすような)監督」とか、あとぶっちゃけ「ベタにエンターテインメントするだけの強度、肝の据わりをまだ持ってない(あるいは賢しらに勝負を避けてる)」人なのかと個人的には思っていた。でもそういうところ、この人の映画特有の味でいいよねー、くらいに。

 そういう私個人の予断は、この作品で完全に覆った。ポン・ジュノ先生ごめんなさい。超すごい。どう言ったらいいかわかんない。

 今回もベタに語る気は、つまりエンターテインメント映画としての教科書的な巧さとか洗練さとかはあまり頓着されない。が、前作までに比べて、その「エンタメ語りからの逸脱」が悪目立ちすることなく、むしろ映画全体を覆う不穏さを増幅させている。それは映画が始まってすぐに観客を巻き込み、終わりまでそこから逃れることはできない。

 暗闇にキャスト/スタッフロール、明けて茫漠としたススキの原、中年女性、ごく微かに聞こえる蝿の羽音、流れる印象的なイントロ、その旋律に気怠げに身を任せて奇妙に踊り始める中年女性、そしてかぶさるタイトル! とのっけから決まりすぎるくらい決まってるのだが、観客はそれを見て何を期待すればいいのかまったくわからないし、これからどうなるのかこれっぽっちも想像できない。なんかすごいことが始まりつつある気がするのだが、それがどんなことなのか、言葉にできない。そしてその後、薄暗い店の奥(しかしこの監督の映画に出てくる、低所得者層の生活感が生っぽくこびりついたセットはいつもすごい)で何か薬草のようなものをザクリザクリと切る手のアップ、その手元を顧みずに店の外にいる息子を見つめる母親の心配そうな表情、犬と戯れる息子、ザクザクと妙に暴力的な音を立てて切り落とされる草、もうここで、観客は母親が手を怪我してしまうのではないかと緊張してしまうのだがこのミニマムすぎるサスペンス描写は何なんだ! しかもその緊張をざっくりと裏切って息子が車にはねられ、飛び出す母親を追う手持ちカメラのぶれまくりの絵! なんかもう手のひらによくわからない汗をかいてしまう。

 これが二時間続く。恐ろしいことだ。

 何かを評するときに、キャッチーなワードひとつで、これが“本質”ですとまとめるようなやり方がある。なるほどと多くの人が納得できるキャッチコピー。わかった気になれるフレーズ。「愛の不毛」だとか「ビルドゥングス・ロマンの不可能性」だとか「9.11以降の暴力」だとか「虚構の戦争」だとか「再生する家族」だとか「犬」「子ども」「おっぱい」「ナチ」だとかそういうの。だが、そういった既成のフレーズを組み合わせて作る広告の言葉ではまったく歯が立たない作品が、たまに存在する。そういった作品について評するとき、我々は新たな、既存のフレーズの組み合わせではない、その作品のために一から編み出された言葉を探さなければならない。この作品がまさにそれだ。その新たな、キャッチーな言葉を編み出すまで、ひとまずはこう言うしかない。これは「ポン・ジュノにしか作れない映画」だ、と。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (6 人)ペンクロフ[*] 林田乃丞[*] movableinferno[*] ぽんしゅう[*] けにろん[*]

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