[コメント] ヒーローショー(2010/日)
暴力をどう撮るかは、文化の違い。欧米にはホラーと拳銃がありますが、日本にはヤンキーがいます。土を掘るユンボもあります。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
実は身の回りに暴力など存在しない。銃社会と無縁な、特に日本人ならそう感じる。
普段どおりに生きていけばそう簡単にあれほどの凄惨な現場に巻き込まれたりしないだろう。
時々ニュースでは見聞きするが、知り得るのは暴力の断片でしかなく、その全貌を観る事は出来ない。
断片と全貌のその狭間に、観たいという欲望が発生し、それを埋めるのが映画である。
この作品は、若者たちが、迫り来る青春の終わりに怯え、もしくは焦りながら、
ヒーローなどいないというメタファーと戯れた挙句、暴力の極北に立会い、
逃げ、なにものかに捕まる映画である。
青春が完了する瞬間。
それは、これから暮そうと決めた部屋の玄関の、
あの白く明るい開口部から唐突に鬼丸が現れる瞬間であり、
(ここが最も怖かった)
鯛焼き屋の屋台から聞こえるピンクレディーの「S.O.S」が、
土中の元相方から発せられていて、しかも悲しいほど誰にも届かないというイメージを
想起させるエンディングの無力感である。
鬼丸兄弟の恐怖装置としてのキャラ立ちがすごいのは言うまでも無いが、
主役の2人が持ち合わせている幾ばくかの夢という要素の配合によって、
さらに暴力がひりひりとした生身の傷に近い描写となってほんとうに痛い。
(評価:)
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